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注意発行当時の記述について
本記事は、金剛株式会社が1994年11月30日に発行した機関誌「PASSION Vol.15」の内容を、当時の記録として公開するものです。
記事内の情報は発行当時のものであり、現在の状況とは異なる場合があります。また、当時の社会情勢や倫理観を反映した表現が含まれている可能性があり、現代の基準に照らし合わせると一部不適切と感じられる箇所もあるかもしれませんが、資料的価値を考慮し、原文のまま掲載しています。また、掲載されている商品やサービスは、既に販売・提供を終了している場合があります。
※ 本記事は、著作権法上の引用の範囲内で掲載しています。当時の記録として、皆様に楽しんでいただけましたら幸いです。
監修: 西島衛治 (熊本工業大学 建築学科 講師)
1.ノーマライゼーションとバリアフリー
「高齢化社会」「ひとにやさしい社会」という言葉を聞くようになって久しいが、実際に、私達は自分の問題としてどれほど切実に認識しているだろう。ややもすると、「かわいそうな人々に対して手助けしよう」という感情論や「自分には関係がない」といった楽観的意見、または「一部にだけ負担が行く、ただの理想論」という皮肉な見方が多いのではないだろうか。
自分が年を取ったり、事故などで体が不自由になった姿を想像するのは苦痛であり、実際にとても難しい。多くの人は、意識すらしていないのが現状だろう。しかし、現実にそういう方々は沢山いらっしゃるし、全ての人がそうなるリスクを、かなり高い確率で持っている(図1~2)。今までの日本の社会では、そのような場合、本人も周りも「しかたがない」と諦め、
家や施設から出ることも少なく、税金などの社会的負担によって生きていくしかないと思い込んでいた。だが近い将来、急速な高齢化と出産年齢の上昇、少子化などにより、殆どの人が何らかの障害(行動の不自由さ)を持つ時代になることは間違いなく、自分自身で経済的自立をしなければならなくなる。
ノーマライゼーションとは人権に基づいた理念で、「障害の有無にかかわらず、誰もが同様に社会生活ができ、それが普通であるという考え」である。そのような社会の実現には、ハードとソフトの両面からサポートする必要があるが、一般にハード面での対応をバリアフリーと呼び、日本の価値観転換の契機になると期待されている。


2.バリアフリーとは
和訳すると「障壁除去」となり、なにやら固い表現になるが、建築計画や都市計画を行う上で、障害がある人を含めた全ての人の利用に配慮した環境や設備の整備のこと。身体や環境情報における障害者の他に、高齢者、妊産婦、幼児、乳母車、重い荷物を持つ人など、誰にとっても生活しやすい環境整備を行う事である。
社会のバリアフリー化は、今まで生活上のあたりまえの行動を規制されてきたこれらの人々にとって、欧米に比べて非常に遅れている、活動の場の拡大、自立や社会参加を促す上で意義がある。更にその経済への波及効果も非常に期待されており(図4)、財源的に厳しい我が国にとって、早急に押し進めるべき政策だと言える。

3.バリアフリーと法律
ノーマライゼーションの理念を早くから持つデンマークやスウェーデンでは、20数年前に日本の建築基準法に当たる建築法に、バリアフリーを一般仕様として導入した。しかし、その頃の福祉先進国のスウェーデンの建築界でさえ、意外にも導入に抵抗があった。現在では一般建築の設計基準の一つとして浸透している。政権が変わり、福祉政策に一部見直しの手が入った時も、何ら問題にならないほど社会生活に馴染んでいる。アメリカでは以前にも様々な関連法があったが、全ての差別の廃止を目指したADA (障害を持つアメリカ人法)は、これまでより実効性 (罰則規定など) を強化した法律である。これらの先進諸国の法律のあり方が、
日本の進むべき方向性を示していると思う。
我が国でも、これまで建設省や自治体から障害者・高齢者の生活環境整備に関する要項や指針が出されてきたが、義務付けがなく、建築基準法にもその項目はない。近年、大阪府、兵庫県、山梨県などの地方自治体で、条例化によるバリアフリーの普及が図られていたが、国会で「高齢者・障害者等が円滑に利用できる特定建築物の建築の促進に関する法律」(ハートビル法) が平成6年6月に議決、9月に施行された。これを皮切りに、ノーマライゼーションの浸透、環境整備を行うノウハウの蓄積が進むことが期待される。
4.国内外の事例から見る公共施設のあり方
ここで言う公共施設とは、不特定多数の市民が利用する施設で、公的施設及び民間の公共性の高い施設を指す(表1)。 公共施設や住宅の整備が進んでも、全体においては点の整備にしか過ぎず、交通機関のシステム化が図られて初めて、線や面の整備が充実する。
欧米では重度障害者でも自宅で生活し、電動車 いすで外出している例でも判るように、トラム(路面電車)やバスの超低床化(床高20cm程度)がー 般化しつつある。
特にグルノーブルのトラム(写真1)は、日本のリフト付バスと異なり、車いす以外の利用者にも負担の少ない構造となっている。日本でも、神戸の六甲アイランドの集合住宅と周囲の施設、交通機関の整備は、優れたデザイン性と見事にマッチした理想的なケースと言える。(写真2~4)

(民間施設も含む)




学校施設でも興味深い事例が挙がっている。先程、熊本県の障害者自立支援グループ「ヒューマンネットワーク熊本」と医療・福祉関係者、建築関係者でつくる「バリアフリーデザイン研究会」が、団体や企業を対象にバリアフリーデザイン賞を選定したが、中でも注目されたのは、約6億円、6年の月日をかけて、校内の設備を整えた熊本商科大学(現熊本学園大学)の例である。福祉系の大学での整備は当たり前だが、一般の、しかも私立大学で、これだけ実行するところは珍しい。
現在、20数名の障害を持つ学生(重度障害者も含まれる)が学んでいるという。少子化による学生の減少や、生涯学習の高まりから、学校も更に地域の人々に開かれた場所とならざるを得ないと考えられているが、生涯学習の受講者の多くは、高齢者や子供を持つ主婦、妊産婦といった、外出に支障の起こりがちな人々であり、この例のような施設の整備が大いに必要となる。
5.課題と今後の対応
先の平成6年の法律規定に伴い、国や地方公共団体などの施設は、障害者基本法にうたわれているように、当然誘導的に実践していくものと思われるが、問題は民間の事業者の理解と協力であろう。趣旨的には賛同できても、経営的に見合うのか、できれば免れたい・・・ と言うのが本音のようだ。
スウェーデンの例と同じく、バリアフリー導入には建築関係者は消極的である。なぜかと言うと、これまでに建築教育や建築技術、デザインにこのような考え方がなかったからである。誰もが将来、障害者や心身の機能が低下した高齢者になるかもしれないことを想像できない人には、ノーマライゼーションの理念は理解しにくいだろう。もう一つの理解されない理由は、建築デザイン創作上の阻害要因になると誤解されている点である。また、バリアフリーの技術上の問題もある。障害の種類や程度などの条件により、対応が異なる場合がある。状況に応じてトータルな判断ができるバリアフリ一の専門家が必要となるかもしれない。これらの問題に対しては、以下のように回答できる。
(1) 新築の際の設備にかかる費用は、平均で建設費全体の約1%(ADAを推進した専門家
の試算)に過ぎず (既存建築物の場合は別)、設計段階から盛り込む場合、福祉先進諸国でもほとんど問題となっていない。
(2) 欧米諸国や先に紹介した六甲アイランドの写真でもわかるように、デザイン的にも非常に優れた建築物がある。
(3) 技術や人材の開発に対する経済的支援は遅れているのが現状。一人の専門家が解決するのではなく、医師、リハビリテーション関係者、ソーシャルワーカ一、保健婦などのソフト面のメンバーと、建築関係者のハードのメンバーのチームで対応しなければならないであろう。
個々の問題を検討したが、バリアフリー導入の最も根本的で有効な方法は、法令制定による行政指導型の推進と、基準作りであろう。それと同時に学校教育の場などでの啓発も重要となる。障害児学級や施設などではなく、ハンディを持つ人々が身近に、普通に生活している環境が、子供のノーマライゼーションの理解に与える影響は計り知れない。そのためには点から線、面の設備充実が欠かせないのは言うまでもない。
(1994年11月30日刊行)
