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ENVIRONMENTAL SCIENCE NOW1996 生活環境と微生物

熊本工業大学 応用微生物工学科 教授 岩原 正宜

注意発行当時の記述について

本記事は、金剛株式会社が1996年9月30日に発行した機関誌「PASSION Vol.18」の内容を、当時の記録として公開するものです。

記事内の情報は発行当時のものであり、現在の状況とは異なる場合があります。また、当時の社会情勢や倫理観を反映した表現が含まれている可能性があり、現代の基準に照らし合わせると一部不適切と感じられる箇所もあるかもしれませんが、資料的価値を考慮し、原文のまま掲載しています。また、掲載されている商品やサービスは、既に販売・提供を終了している場合があります。


※ 本記事は、著作権法上の引用の範囲内で掲載しています。当時の記録として、皆様に楽しんでいただけましたら幸いです。

熊本工業大学 応用微生物工学科 教授 岩原 正宜

~保存環境とカビ(黴)~

はじめに

 微生物は我々の生活環境の至る所に棲息し、また一般の生物が生活できないような特殊環境下でも生育する。そのため、意識するか否かは別として、無数の微生物と関わりを持ちながら私たちは生活している。温・暖・多湿な日本の風土は微生物、特にカビの繁殖に好適な環境にある。あるときは、病気や食品の腐敗などを経験することによって、バイキン (黴菌)と忌み嫌ったりする。一方、人類は経験的に微生物の恩恵を利用してきた。たとえば、酒、味噌、醤油、納豆、ヨーグルトなど世界の各民族独特の醸造・加工食品に利用してきた。また、動・植物の遺体などのバイオマスや排泄物などを分解する微生物がいなければ、地球上は

これらの廃棄物で覆われてしまうなど、物質循環にも非常に貢献している。このような能力は排水処理や廃棄物処理に利用され、自然にやさしい環境浄化の切り札にもなっている。しかしながら、微生物の強力且つ幅広い物質分解力は、生活環境に必要な製品や資材を汚染、腐食・腐敗、劣化、分解、更には崩壊してしまうという危険性を合わせ持つことになる。

 そこで、これらの微生物、特に汚染頻度の高いカビ (真菌類)を中心に、保存環境における状態、分布状況、習性などについて述べるが、これが、カビによる汚染・劣化の制御法の開発の一助となれば幸いである。

微生物(特にカビ)の生育環境

 微生物の成育・活動を規制(汚染、増殖促進・抑制、殺菌・静菌・除菌)する因子としては、①微生物の質と量、②器材の物理・化学的要因、③外部環境などの諸要因が相互に影響し合っており、時間の経過と共に、その環境に適した微生物が増殖し、一定のミクロフローラ (microflora=微生物相: 棲息する微生物の種類、量、混合比などの実態)を形成し、常在化するようになる。

また、これらの常在微生物も①~③の要因の変化と共に変動する。その際に、生物的要因(微生物間の拮抗・共生・競合)や基材に由来する物理・化学的要因(栄養分、水分活性、pH、酸化還元電位、抗菌物質、組織構造)、外部環境に基因する物理・化学的要因(温度、相対湿度、酸素圧など)によって微生物の生育が制御される。

生活環境でのカビによる汚染

 住環境でカビが最も発生し易い場所は、風呂場、台所、洗面所、冷蔵庫などで、何れにも共通するのは、湿度が高く通気性が悪い点である。自然環境下では、梅雨の頃が温・湿度共カビの天国で、食品以外でも衣類や保存中の物品にまでカビが生える。しかし、30℃を超える夏の気候になると、カビの勢力は急速に衰え、適温の秋になると乾燥し、生育環境としては次第に不適当になってくる。日本古来の木造住宅では、多湿環境になれば、天井板、ふすま、タタミ、障子、土壁などが空気中の過剰な湿度を吸収する。一方、過乾燥の状況になると吸収した湿度を放出することにより、生活環境を快適な湿度条件に調整する。 このように木造住宅は、巧妙・精緻な自然の調湿機能を有している。

 しかし、コンクリート素材の建造物が増加し、特にアパートやマンションなどでは、部屋の高気密性の向上や冷・暖房の普及で、12月から翌年の9月までがカビ生育の好適期となる。さらに、結露はカビ発生要素 (水分) の供給源で、冬季結露は11月末~3月末、夏期は5月~10月で、この間の降雨後の晴天日に発生する(表1)。以上のことから一年中がカビの発生期と考えることができる。著者らが調査したアパート(鉄筋コンクリート・2階建て、各階6世帯入居)では、表2に示すように至る所から種々のカビ類が検出された。この結果は他の地域の同型のアパートから分離されたカビの種類と検出頻度に大差がなく、地域による住環境が均質化してきた為と考えられる。

表1:コンクリートの真菌4)
表2:アパートに発生するカビの出現頻度

一般に、基材に含まれる水は、基材成分と結合して自由に動かない結合水と遊離して自由に動くことのできる自由水とから成っているが、微生物が利用できるのは、自由水のみであるので、単に基材の水分含有率だけでは微生物の生育評価をすることは困難である。そこで、水分活性(Aw: water activity) という懸念が提唱され、特に食品中の水分と微生物増殖との関係を理解するうえで重要な指標になってきた(図1、表3)。また、表4は各種カビの生育と水分活性との関係を示したものである。

図1:微生物の生育と水分活性(Aw)5)
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表3:微生物の発育と水分活性(Aw)1)
表4:おもな好乾性真菌・好湿性真菌1)

いま、一定温度(To)で密閉容器に純水を入れると、蒸発する水の蒸気圧は平衡に達し、蒸発が止まる(この際の純水の平衡蒸気圧をPoとする)。一方、同温度(To)で同容器に食品を入れると、食品中の水分が蒸発して平衡蒸気圧に達して蒸発が止まる(この際の食品の平衡蒸気圧をPとする)。これらの関係から、水分活性(Aw)=P/Po (食品の平衡蒸気圧と純水の水蒸気圧との比)で表わすことができ、

Aw×100=相対湿度(RH)である。従って、水分活性は0~1.0の範囲で表わされることになる。微生物の増殖は、水分含有率(%)よりも水分活性 (Aw) に強く影響されることが判明し、広く食品以外の材質の保存環境の湿度条件を設定するのにも適用されるようになった。

 このように、器材の保存されている環境の温・湿度やその期間により発生するカビの種類が限定されてくることになる。

日常使用する器材に発生するカビ類

 日常の生活においては、食品のカビによる汚染・変質は絶えず経験しており、良く知られている。しかし、金属、ガラス、プラスチック、ゴム、革、書籍、衣類などにカビが付着し、材質を汚染・劣化させていることは以外と知られていない。

そこで、身の周りの各種器材を汚染しているカビを以下列挙する。この際、カビが生育し易い物質(有機物、塵埃など)が存在するとそれを栄養にして増殖する。

また、そのカビが付着している器材を劣化させる性質を有している場合には、温・湿度などの環境条件の変動によって劣化速度は動的に変化する。

①紙、植物性繊維

セルロースを含むので、セルロース分解酵素を有するカビ類によって汚染されることが多い。 Trichoderma viride、Chaetomium globosum、Penicillium属、Cladosporium属、 Aspergillus属、Alternaria alternataなど。

②木材、パルプ

木造建築や木箱、木彫品などを劣化するカビは、セルロース分解酵素以外にリグニン分解酵素を有するものが多い。 Trichoderma viride 、Cladosporium属、Aureobasidium pullulans、Phialophora属、Phoma lignicolaなど。

③動物性繊維、毛皮

タンパク質を含むので、強力なタンパク質分解酵素を有するカビが多いが、分解物が悪臭の原因になることがある。Aspergillus属 、Alternaria tenuis、Chaetomium globosum、Fusarium moniliforme、Penicillium属、Cladosporium属 など。

④皮革製品

Monascus ruber、Sporendorema属、Aspergillus属、Penicillium属、Cladosporium属、Paecilomyces variotii 、Mucor属など。

⑤ゴム

Cladosporium属、Aspergillus属、Alternaria属、Aureobasidium pullulans などで、器材を黒や赤に着色したり脆くすることが多い。

⑥ナイロン、サラン、ビニール類

Cladosporium cladosporioides、Alternaria属、Aureobasidium pullulans、Phoma属などが汚染するが、材質の劣化よりも着色による被害が多い。

⑦プラスチック類

Cladosporium属、Aspergillus属、Penicillium属などが多いが、表層部から菌糸を穿孔させるように侵入させ、劣化・着色する。

⑧ガラス

レンズ、プリズム、鏡などにはEurotium属や Aspergillus restrictusが発生するが、酸を出してガラス表層に侵入し、汚染・劣化させる。顕微鏡やカメラのレンズの被害が多い。

⑨金属類

アルミニウム建材やアルミサッシの被害が多く、Cladosporium属、Fusarium属、Aspergillus属、 Penicillium属、Trichoderma属による腐食がある。特殊な例としては、Cladosporium resinaeによりジェット機のアルミニウム製の燃料タンクが腐食してピンホールが多数発生し、燃料が漏出するという事故が起こった。

⑩絵画、書籍類

多湿環境での保存や漏水などを受けた後の乾燥処置が悪かった場合に発生するカビが多い。油彩画の場合には、キャンバスや下塗りのニカワに発生し、絵画を劣化させるが、好稠性カビのEurotium属による被害が多い。また、書籍からはAspergillus属、Penicillium属、Trichoderma属、Scopulariopsis属、Eurotium属などが分離されるが、表装や表紙、裏打ち等に用いられている布や糊に発生する場合が多く、劣化や褐色班(foxing)の原因となる。

カビによる生物劣化のメカニズム

 空気中に浮遊するカビの胞子が保存物品あるいは基材に付着し→胞子が発芽→菌糸の発育→物品・基材の劣化のメカニズムについて考察してみようと思う。
カビの胞子は一般に数μの大きさで、空気中を単独または塵などに付着して浮遊している。これが物品あるいは基材に付着した場合に、条件によってその後のカビの発生状況は大いに異なってくる。そこで、基材、温・湿度など、カビにとっての生育環境の差によってどのような生物劣化が引き起こされるかについて述べてみたい。

①基材が水分を含まない場合 (ガラス、金属、プラスチック、フィルムなど)
 胞子が落下・付着した基材中の水分活性 (Aw) は0に近いので、胞子が発芽する為には空気中から水分を吸収する必要がある。環境の相対湿度 (RH)が60%以上になると、胞子は空気中の水分を徐々に吸収・膨潤し、胞子に割目が出来る。その時、温度がそのカビにとって適温 (一般に20~30℃)であると、発芽速度は促進される。

 胞子が発芽すると菌糸が伸長するが、胞子の中に貯蔵されていた栄養分と水分が充分あり、適当な温度が与えられれば、胞子の大きさ(数μ)の100倍以上でも菌糸は伸長できる。これは、植物の種子の発芽と同様に考えることができる。しかし、それ以上菌糸が生育する為には、外部から供給される栄養分が必要であるが、カビの菌糸体内から分泌される各種酵素によって、手垢や基材由来の成分(セル

ロース、タンパク質など)が分解され、菌糸の成長に利用される。このときの成長程度は、栄養成分や温・湿度などの環境条件によって支配される。付着基材がガラスの場合は、それに含まれるCa、Na、Kなどの成分が、カビが生成した有機酸によって溶出しガラスが侵食され、基材を汚染・劣化させる。また、金属の場合には、構成している金属素材がイオン化・溶出し、基材が侵食されたり酸化してサビを造り腐食される。

 一方、プラスチック類の場合は、それの主骨格を構成している高分子化合物よりも、使用された可塑剤が特殊なカビの酵素によって徐々に分解され、器材が脆弱化する。

 以上のように、これらの基材の場合には、カビの利用できる水分は空中湿度に依存しているので、湿度管理が重要なポイントになる。

②基材が水分を含む場合 (繊維、紙、木、皮革、毛皮、書籍、絵画など):
 これらの基材の場合は、ミクロ的に観察すれば、繊維が絡み合った構造をしており、手垢、汚れ、塵などは繊維の内部まで染み込み、長期間保持される。
さらに、表5に示す試料は保存環境湿度に依存したある程度の水分を含んでおり、カビの増殖にとっては好都合の素材である。

試料室内24℃
70% R . H.
30℃
90% R . H.
30℃
100% R . H.
羊毛(糸)
木綿(布)
フトン綿
脱脂綿
大麻(布)
濾 紙
和 紙
絹(布)
0.302  g
0.33733
0.19875
0.20300
0.28380
0.24745
0.09800
0.23433
5.78 % 
2.6
6.1
4.9
3.9
3.65
3.92
1.7
11.59 %
11.06
7.11
9.2
8.5
9.7
5.15
6.02
16.8 %
16.47
12.214
14.95
11.04
17.96
11.9
6.473
羊毛

木綿
試料乾燥後自然状態に戻す(24℃、70% R . H. )
5.1%水分
0.8%水分
2.0%水分
表5:各種の紙・布および繊維の各湿度における水分2)

 そういうわけで、カビの胞子がこれらの基材に付着(写真1-A)、発芽し、菌糸が数100μ程度に伸長するまでは (写真1-B)、①の場合とほぼ同じである。しかし、その後の増殖は大きく異なってくる。すなわち、素材が繊維質の場合には、カビの菌糸が繊維に絡み付き(写真1-C)、菌糸体の表面から分泌された各種酵素によって機材中のセルロースやタンパク質が分解したり、カビが生成した色素によって着色し、汚染・劣化がおこる。

 これらの機材の場合は、保存環境の温・湿度管理以外に除菌も充分考慮する必要がある。

写真1:繊維上に付着したカビの胞子とその生育状態2)
写真2:生活環境の器材に生育・劣化させる各種カビの集落3)

おわりに

 我々の生活環境と密着した日常器材から文化財に至るまで、それらを構成している素材と微生物(特にカビ)との関わり合いを述べてきた。この小さな命(微生物)の大きな働きも、ある場合には人類に危害を及ぼすことがある。しかし、その危害を排除する為に、目的とする微生物の完全撲滅を目指さなければならないのは特殊な場合であって、殆どの場合、微生物と共存しながら如何にしてその働きを制御するかを考えるのが賢明である。

 微生物の増殖の制御には、一般に化学薬品が利用されるが、環境汚染のことを考慮すると、出来るだけ使用量を軽減する必要がある。そのためには、“自然にやさしい環境微生物管理”を如何にして行なうかを検討しなければならない。

 これまで述べたように、カビの増殖には水分、栄養分、温度が必須の条件であり、どの一つでも適正値から外れたら生育が抑制される。また、カビの胞子は乾燥に耐性があるが、発芽のためにはすくなくとも60~80%の湿度が必要である(図2)。また、菌糸では43.2%の低湿度に放置すると2時間以内に死滅し、60℃程度の湿度に保持された菌糸でも4~24時間で死滅するとの報告もあるし、80%以下では殆ど増殖出来ない (表6)。このような観点から、保存環境の微生物管理を検討する場合、連続的な湿度コントロールシステムの開発が望まれる。 さらに、“もとを断つ”という意味で、カビの胞子、微生物、塵などを除去・低減する機能を兼備したシステムの開発が待たれる。

表6:相対湿度(RH)とカビ発育4)
図2:胞子の空中発芽の可能な温度と湿度の範囲2)

引用文献

  1. 石井泰造:「微生物制御実用事典」 (フジテクノシステム)
  2. (財)文化財虫害研究所: 「文化財の虫菌害と保存対策」(文化財虫害研究所)
  3. 高島浩介:「一目でわかる図説かび検査・操作マニュアル」(テクノシステム)
  4. 高島浩介:「わかりやすい真菌(かび) 検査法と汚染防止対策」(テクノシステム)
  5. 河端俊治、春田三佐夫:「HACCP これからの食品工場の自主衛生管理」(中央法規出版)

(1996年9月30日刊行)