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災害から生まれるもの―新たな郷土史の萌芽
平成28年熊本地震 震災資料を次世代へ

 

 
 

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東日本大震災 被災地の図書館の取り組み
 
 2011年3月11日、東日本大震災が発生。この大震災においてもまた、被災地の図書館職員の手によって、震災資料を収集・保存・公開する動きが生まれた。東北地方の公立・民間・大学図書館が、それぞれに震災資料を集めたのである。自身も被災した職員もいたが、地震発生直後から避難所や施設を回って資料を集めた。避難所に「捨てるならくださいゴミ箱」を設置し、消えゆく資料を集めた図書館もあった。とにかく、捨てられる前に集める…その方針の元に資料収集を行ったのである。
 
 それぞれの図書館が個々に収集活動を進める中、独自のテーマを設けて震災資料を収集した館もあった。網羅的にあらゆる資料を集めた神戸「震災文庫」とは異なるアプローチといえよう。例えば、宮城県東松島市図書館では、収集の対象とした資料の中に「新聞に掲載された東松島市関連記事」がある。 特に、「宮城県外で」東松島市がどのように報道されたのかにも着目した。保存してある記事は、震災以前から定期購読している複数の新聞の中から探し出したものに加え、定期購読外の新聞社から支援の一環で提供された記事もある。また、県外の図書館に依頼して保存年限が切れた新聞の移管も行った。これは、様々な自治体や新聞社からの協力があったからこそなし得た震災資料収集活動である。被災地の外からも、震災資料収集の一翼を担うことは可能なのだ。
 
 
東日本大震災デジクルアーカイプ 「ひなぎく」の誕生
 
 その後、東日本大震災という未曾有の大震災に関するデジタルデータを一元的に検索・活用できるポータルサイトが公開された。それが、「国立国会図書館東日本大震災アーカイブ」である。通称「ひなぎく」。これは「Hybrid Infrastructure for National Archive of the Great East Japan Earthquake and Innovative Knowledge Utilization」の頭文字を取ったもので、ひなぎくの花言葉「未来・希望・あなたと同じ気持ちです」には復興への願いが込められている。
 東日本大震災発生後、各地の図書館に加えて、民間団体·報道機関・インターネット関連企業・大学・自治体等が各自で震災資料を収集・公開していたため、アーカイブが乱立する状態となっていた。そこでこのサイトと連携することにより、資料へのアクセスが再整備されたのだ。
 2012年4月から総務省が「ひなぎく」の構築をスタートし、公開されたのは2013年3月2016年6 月1日時点で55の団体が連携し、各団体が保有する震災に関する音声・動画・写真・文書などの記録を一元的に検索できるポータルサイトとして活用されている。例えば、神戸「震災文庫」や「長岡市災害復興文庫」に収められた資料を検索することも可能だ。
 バーチャル上でつながることにより、被害が県を超え広域に及んだ東日本大震災の、様々な被災地の情報を網羅することが可能になっている。また、インターネットを介するため世界中の人ががアクセスできる。神戸「震災文庫」も 一部がデジタル公開されており、日本語と英語表示に対応しているが、「ひなぎく」では、英語に加えて中国語・韓国語にも対応している。 
 
 

ひなぎくのトップページ
「ひなぎく」トップページ(9月16日閲覧)(http://kn.ndl.go.jp/#/) 

 
ひなぎくの詳細検索画面
「ひなぎく」詳細検索画面(9月16日閲覧)(http://kn.ndl.go.jp/#/

 
 
原資料とデジタル資料
 
 史上類を見ない巨大な震災デジタル・アーカイブの構築を可能にしたのは、阪神・淡路大震災の時代に比べて進んでいたデジタル化だ。デジタル時代を迎えていたおかげで、国会図書館と官民問わずの大規模での連携が可能になった。また、個人レベルでのデジタル機器の普及もデジタルアーカイブ成立の理由の一つだ。東日本大震災は、デジタルカメラ・スマートフォンなどで写真や動画を簡単に撮影する時代になって初めて起きた未曾有の災害だった。多くの人が、目の前に広がる光景を「記録せねば」という想いに駆り立てられ、結果として膨大な量のデジタル資料が生み出されることになったのである。
 加えて、東日本大展災では地震だけでなく「津波」という動的な災害をも経験し、動きのある災害を記録するものとしてデジタル資料は適役だった。
 「ひなぎく」によって我々がアクセスできる情報の多さは、神戸「震災文庫」 から16年が経過し、新潟県中越地震を経て、震災記録の重要性が世間に浸透してきたことを表しているのはないだろうか。
 図書館の役割として原資料の収集・保存・公開は重要な責務だ。それと並行して、世界中からアクセスできるデジタルアーカイブの構築を行うことも、同様に重要な取り組みだといえる。
 
 
熊本地震からひろがる震災資料収集の輪
 
 阪神・淡路大震災から21年にわたって受け継がれてきた「震災資料の収集・ 保存・公開」という活動では、〈震災資 料収集〉という共通テーマを通じて形成された、図書館職員を中心にしたネットワークが各地で大きな力を発揮した。
 熊本も例外ではない。熊本地震発生後、大学図書館や公共図書館といった複数の図書館の間で館種を超えたネットワ ークが広がりつつある。地域資料に特化する館、行政資料に特化する館、学術資料に特化する館…それぞれの館の得意分野を活かしながら、熊本地震の震災資料を全方位的に残し伝えようとしている。そこにあるのは、「熊本の歴史に1ページを刻んだ『平成28年熊本地震』を未来に伝えたい」という共通の想いだ。冒頭でも触れた127年前の「金峰山地震」。その存在は、2016年を生きるどれだけの熊本県民に知られていただろうか。大災害を郷土史として伝え残せるかどうかで、地域が歩む未来の形は変わる。図書館職員が持つ資料管理 のノウハウを発揮するべき時が来た…そんな強い想いを抱いているのだ。
 
 
「先輩方」の背中を追って
 
 これから熊本地震のアーカイブを作るにあたり、乗り越えなければならない課題が浮上している。代表的な課題は次の三つだ。
 
課題
1、資金と人手不足
2、中心的立場の不存在
3、保存方法と場所
 
 では、これらの課題解決の糸口を神戸「震災文庫」以来受け継がれてきた震災資料収集の歴史に求めてみるの はどうだろうか。
 
 
①「資金と人手不足」
 長期的に収集活動を行っていく上で避けて通ることのできない問題である。
 資金不足という点では、基金を活用して安定した財源を確保するのはかなり有効な手段と言えよう。また、人手不足という点においては、新潟県中越地震に見られるようにボランティアの手を借りるのはどうだろう。震災資料の収集活動に携わることで、自分たちが経験した地震をもう一度捉え直すきっかけになり、震災の記憶を風化させないことにつながる。
 
②「中心的立場の不存在」
 現在、熊本県内の図書館は個別に収集活動を行っている状況である。そのため、今後各館が収集した資料を横断的に活用する際に意思の統一を図るのが難しい。
 そこで、基金を財源として事業を行う機関を設定するのはどうだろうか。そうすれば中心となる機関が明らかになる。新潟県中越地震でのように、活動の役割分担を行う場合も、意思決定機関があればスピーディーかつ柔軟な震災資料収集活動が可能になる。
 
③「保存方法と場所」
 保存方法を考える際には、貴重な資料をしっかりと「保存」し、いかに多くの人に「利用」してもらえるかを考慮する必要がある。
 その点で「ひなぎく」のようなデジタルアーカイブは効果的だ。資料をデジタル化して公開すれば、多くの人が収集した当時の状態を見ることができる。しかし、デジタル再生機器の変化に合わせてデータの形をこまめに焼き直しながら保存する必要がある。
 並行して原資料を残すことも意義がある。これに関しては、原資料の保存方法のパイオニアである神戸「震災文庫」から多くを学ぶことができる。
 保存場所に関しては、残念ながら現時点で解決の糸口を見出すことはできない。なぜならば、過去の事例を参照すると、この問題を解決した方法は被災地によってケースバイケースであり、未だに解決していない館もあるのだ。
 一つ明らかなのは、館種によらず図書館は公的な施設であるということだ。よって、仮に「震災文庫」や「長岡市災害復興文庫」のように、図書館の中に原資料を保存する場所を設けるならば、利用者の理解を得ることが必要不可欠となる。震災資料収集活動の意義を広く一般に理解してもらうことが、保存場所問題を解決するための第一歩であろう。
 
 活動の初期段階から館種を超えた図書館職員が顔を合わせ、一つにまとまりながらアーカイブを作ろうとする熊本の動きは、これまでの震災資料収集活動の歴史の中で初めてのことである。阪神・淡路大震災、新潟県中越地震、東日本大震災における資料収集活動の「先輩方」の背中を追いかけることで、5年後、10年後、20年後の熊本の姿が見えてきそうだ。
 
 
おわりに
 
―『復興は、震災を忘れることではありません』
 
 神戸に建つ「人と防災未来センター」 の展示スペースに掲げられている一節だ。
 災害によって傷ついた町は、いつの日か元の機能を取り戻し、人々の営みの中からその時の記憶は薄れゆく。時が経てば、災害を経験していない世代が増えてゆく。では、かつてその土地に起こった災害のことを忘れて平和な日々を過ごすことは、本当に「復興した」と言えるのだろうか。
 私たちは、災害に遭った経験を忘れてしまうのではなく、資料の中にある記憶を記録として災害対策に役立てなければならない。そして、その記録から次の世代へ伝えるための記憶を紡いでいかなければならない。郷土史の1ページとして起こった「災害」を超え、そこから人々がどのように立ち上がるのか…「復興」へ続く営みはいつの日かかけがえのない郷土の文化となるのだから。
 


 

くまもと森都心プラザ図書館が保存しているA4用紙

 
筆者が震災時、携帯電話にて撮影

 
 
2016年4月21日 食料が手に入り辛い中で復旧作業を行っていた金剛社員のために福岡県から運ばれたお弁当に添えられていたメッセージである。
数日間にわたって届けられたお弁当には、毎回異なるメッセージが書かれていた。
我々社員が、どれだけこのメッセージに勇気づけられたことか…。
たった一枚のA4用紙も、震災当時の記憶を蘇らせる「震災資料」なのである。

 
 
参考文献
・稲葉洋子(2005)『阪神・淡路大震災と図書館活動:神戸大学 「震災文庫」の挑戦』人と情報を結ぶWEプロデュース
 
・青田良介(2011)「被災者支援にかかる災害復興基金と義援金の役割に関する考察」『災害復興研究』 Vol.3,p.87-117, 関西学院大学災害復興制度研究所
 
・稲葉洋子(2012)「神戸大学『震災文庫』の新たな役割 阪神地域と東北地域をつなぐ図書館員のネットワーク」『情報管理』vol.55,No.6,p383-391, 独立行政法人科学技術振興機構
 
・諏訪康子 「国立国会図書館東日本大展災アーカイブ(ひなぎく)の現状」『情報の科学と技術』vol.64,No.9.343-346, 一般社団法人情報科学技術協会
 
・稲垣文彦,筑波匡介 「新潟県中越大震災に関する記録の収集と活用 主に利活用の観点から」『情報の科学と技術』vol.64,No.9.366-370, 一般社団法人情報科学技術協会
 
・稲葉洋子(2015)「震災記録のアーカイブの運用:『震災文庫』 の経験から(<特集>震災アカイブ)」『情報の科学と技術』vol.64,No.9,p.371-376, 一般社団法人情報科学技術協会
 
•井庭朗子,小村愛美,花崎佳代子(2015) 「神戸大学附属図書館 『震災文庫』 利用の現状と課題」『カレントアウェアネス』No.325,p.2-4 国立国会図書館
 
•公益社団法人中越防災安全推進機構・復興プロセス研究会(2015)『中越地震から3800日~復興しない 被災地はない-』ぎょうせい
 
•長岡市立中央図書館文書資料室(2015)『復興10年フェニックスプロジェクト 中越大醒災10周年 「災害と復興をかたりつぐ」事業 リレー講演会 「災害史に学ぶ」記録誌』 長岡市
 
•加藤孔敬(2016)『東松島市囮書館 3.11 からの復興 東日本大震災と向き合う』日本図書館協会
 
•河瀬裕子(2016)「震災記録を図書館に~震災文庫 作ったひとに聞いてきた!-J
(2016年7月23日講演)
 
参考サイト
・神戸大学附属図書館 震災文庫
・公益財団法人新潟県中越大震災復興基金
・公益社団法人中越防災安全推進機構
・長岡市災害復興文庫
・国立国会図書館東日本大震災アーカイブひなぎく
・政府広報オンライン 震災の記録·教訓を次世代に伝える国立国会図書館 東日本大震災アーカイブ「ひなぎく」

 

PASSION38表紙
この記事は「PASSION vol.38」に収録されています
 
 
 

 

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