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町の「窓」としてのアートプロジェクト
―地域資源を再評価するために

つなぎ美術館


interview

山と海に囲まれた美術館
海の上に浮かぶ学校として知られる、旧津奈木町立赤崎小学校。アートプロジェクトの舞台にもなっている
話し手:楠本 智郎さん(つなぎ美術館 学芸員) ※所属・役職は取材当時のものです。

 
 
 
 熊本県南部の葦北郡にある津奈木町は、海と山に囲まれた人口約5,000人の小さな町です。町立の美術館であるつなぎ美術館は現在、住民参画型アートプロジェクトを実施していることで県内外から注目されています。今回はつなぎ美術館のただ一人の学芸員、楠本様にお話を伺いました。
 
 

外観
つなぎ美術館 外観
 
 
―最初に、つなぎ美術館の概要と、楠本様のプロフィールについて教えてください。 
 
 津奈木町では、1984年から「緑と彫刻のある町づくり」という、芸術文化による町づくりを実施しており、屋外彫刻の設置などを行ってきました。つなぎ美術館はそのシンボルとし て、2001年の4月に開館しました。熊本県にゆかりのある作家の絵画や彫刻作品を中心にコレクションしています。美術館の学芸員は私一人です。館内の受付や喫茶店運営、裏山へのモノレールの運行等はすべて地元の婦人会に運営を委託しています。   
 
 
屋外彫刻
「緑と彫刻のあるまちづくり」の一環で町に設置された屋外彫刻
 
館内
つなぎ美術館 館内
 

 ―つなぎ美術館は、住民参画型のアートプロジェクトを行っていることで非常に注目されていますね。プロジェクトの具体的な内容について教えてください。

 
  住民参画型アートプロジェクトは、2008年から美術館の社会教育事業として開始しました。館が招聘するアーティストと、地域の住民で構成される実行委員会とが一緒になってワークショップやイベントの企画をし、1年かけてプロジェクトを作り上げていきます。プロジェクトにもよりますが、住民のアイデアがほぼそ のまま採用されることもあります。
 現在は「赤崎水曜日郵便局」という、映画監督の遠山昇司さん、アーティストの五十嵐靖晃さん、玉井夕海さん、加藤笑平さんを招いたプロジェクトを実施しています。海の上の学校として知られる旧赤崎小学校を舞台に、海から届いたメッセージボトルを交換する様をイメージした企画です。閉校になってしまった赤崎小学校に郵便受を設置して郵便局とし、そこへ宛てて「水曜日の出来事」をしたためた手紙を送ると、知らない誰かの「水曜日の出来事」の手紙が返ってくるというものです。津奈木町の住民も手紙の転送作業や、記念イベントの企画などに参加しています。去年の10月まで放送していたラジオでは住民の方が手紙の朗読も行っていました。皆さん積極的に携わってくださっています。
 この「赤崎水曜日郵便局」は2014年度にグッドデザイン賞を頂きました。また、合計6回のアートプロジェクトを積み重ねてきた取り組みを認めて頂き、「平成25年度地域創造大賞(総務大臣賞)」を頂くこともできました。
 
 
小学校の外観
(上)旧津奈木町立赤崎小学校 (下)校舎の裏には海が広がる
 
 
 ―こうしたアートプロジェクトを始めたきっかけや目的は何だったのですか 。
 
 つなぎ美術館が開館して2~3年目に来館者アンケートを取ったところ、町民の利用が2、3割ほどしかありませんでした。過疎地で高齢者が多い津奈木町では、美術館が皆さんの日常に馴染みづらかったのです。そこで、美術や芸術に町の方が親しみを持っていただけるよう、アートプロジェクトの実施を考えました。この時、館が一方的にあつらえた企画では興味を示してくれないだろうと踏んで、企画の段階から住民と一緒に作り上げる住民参画型のプロジェクトにしました。
 
 
会議の様子
実行委員の会議の様子
 
 
―実行委員のメンバーは住民の方で構成されていると伺いましたが、どのようにして人を集めたのですか。
 
 町で活動中の諸団体に所属している人の中から、実行委員に入ってほしい方をさがして直接声を掛けました。もちろん最初から抵抗なく受け入れて頂いていたわけではなく、皆さんの理解を得るまでには時間も必要でした。最初は声をかけても「アートはわからないから…」と言われてしまうこともありましたが、あえてそのような方を中心に実行委員へ入っていただきました。もともと美術や芸術に興味のある人ばかりが実行委員になってしまったら、そうでない人が話についていけなくなり、結局は参加しづらくなってしまうと 考えたためです。そして、実際にプロジェクトに参加してみて頂いて「いままで全く興味もなかったけど、やってみると面白かった」と思ってもらえれば、その人が知人や友人に話を広めてくださいます。もともと美術の分野にいる私のような人間がプロジェクトを「面白いよ」と薦めるよりも、普段町の中で付き合いのある人、しかもこれまでは美術館に行ったこともないような人がなぜか面白がっている様子を見る方が、町の皆さんも興味をもって下さいます。「あの人がそこまで言うならやってみようか」と、参加して下さる方も増えていきました。
 
 
外で活動する様子
プロジェクト活動の様子
 
 
 ―人から人へと広まっていったのですね。プロジェクトの活動をしていくうえで、意識していることはありますか。 
 
 「芸術性」と「地域性」と「話題性」の3つのバランスが取れた活動にすることです。 まず「芸術性」のないプロジェクトなら、美術館が実施する意味がなくなります。とはいえ、「芸術性」ばかり追求してしまっても町の人が興味を持ってくれませんし、この津奈木町でプロジェクトを行う意義もなくなります。そこで、「地域の資源を利用する」ことをプロジェクトのルールとし、「地域性」を持たせています。地域の資源を再評価し、その結果住民の皆さんに地元への愛着を深めてもらうことも狙っています。この町の方々は以前、よく「この町には何もない」とおっしゃっていました。しかし、プロジェクトを機に外から来たアーティストたちから見れば、とても魅力的に感じる部分がたくさんあるのです。毎年プロジェクトをするたびに、町の新しい魅力に気づかされています。プロジェクト 終了後にも、アーティストが家族や知人を連れてプライベートで遊びにきてくれることもよくあります。こうした体験を繰り返せば、住民の皆さんも「何もないと思っていたけど、外から来る人はこんなに喜んでくれている」と、郷土に対する誇りを高めることができるのではないかと思います。そしてプロジェクトの情報を外へ発信し、メディア等で取り上げていただける「話題性」。町の活動が外部で評価されると、住民の皆さんのモチベーションにつながります。
 さらに最近ではその3点に加えて、「娯楽性」も重要だと気付きました。アーティストが町に来ると、住民の皆さんが自宅に泊めようとしたり、自宅でバーベキューをしようと張り切って準備してくれたりする光景が見られます。また、ワークショップ等の後に行うお茶会も大変盛り上がります。アートプロジェクトの活動外での関わりもまた、皆さんの楽しみになっているようです。プロジェクト継続のためには、こうした楽しみも重要かと思います。 
 
―次回以降の課題などはありますか。
 
  地域の経験値をもっと高めることだと思います。私は、アートプロジェクトはこの津奈木町の『窓』のようなものだと考えています。今はそこを通じて、外から色々な人が行き来している状態です。今度は津奈木町の住民の皆さんが自ら窓の外へ出て、経験を広げてきてほしい。去年東京で行われたグッドデザイン賞の授賞式には実行委員の住民の方3名に同行してもらいました。このように外の世界とつながる一つの契機としても、プロジェクトを活かしてほしいですね。
 
 ―最後に、美術館が地域の関わりの中で果たすべき役割について、楠本様のお考えを聞かせて下さい。 
 
 地域の公立美術館は、その地域に住む人が美術を通して自分たちの暮らしと郷土を前向きにとらえ、「肯定」できるようにする役割も持っていると私は考えています。それと同時に美術館は、美術の作り手や社会全体にも貢献していかなければいけません。地域のためだけの美術館になってもいけないし、作家のためだけの美術館になってもいけない。地域の公立美術館にはバランス感覚が求められるのではないでしょうか。
 
 ―本日は、貴重なお話をありがとうございました。 

(取材日:2015年5月29日)
取材・文:原田 亜美  金剛株式会社 社長室
※取材当時 

PHOTO GALLERY

話し手写真

楠本さん

つなぎ美術館
所在地:熊本県葦北郡津奈木町岩城494
T E L :0966-61-2222
休館日:水曜日(祝日の場合は翌日)、年末年始(12月29日~1月3日)他
開館時間:10:00~17:00(入館は16:30まで)
U R L:http://www.town.tsunagi.lg.jp/Museum/

PASSION37表紙
この記事は「PASSION vol.37」に収録されています
 
 
 

 

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