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「創造的太田人」育成へのプロローグ

太田市美術館・図書館


report

話し手
話し手:富岡 義雅 さん (右)太田市美術館・図書館 館長補佐、星野 真也 さん (左)太田市美術館・図書館   ※所属・役職は取材当時のものです。

 
 
太田の知と感性のプラットフォーム
 
 太田市美術館・図書館は、平成29年4月に群馬県太田市に開館した複合施設だ。まちに創造性をもたらす知と感性のプラットフォームとして「創造的太田人」を基本理念に掲げている。さらに、太田市で育まれたものづくりの英知を継承しながら、市民によるまちづくりの拠点となることを目指している。
 今回、同館に勤務している富岡さんと星野さんにお話を伺った。
 
 
太田市美術館・図書館外観

 
 
空き地に“的なもの”ができるまで
 
 「駅前に賑わいを取り戻したい」という思いから、プロジェクトが始まった太田市美術館・図書館。当初は、現在のような複合施設を建設する予定ではなかったという。当初市が計画していたのは、コミュニティの場となるような小さなギャラリーやカフェだった。それが今の形に至ったのは、市民の意見が反映されたからだ。
 基本方針の策定において、市民の意見を取り入れたよりよいものにしようという観点から、市内の図書館を利用して市民アンケートを実施した。そこで持ち上がったのが「親子で一緒に過ごせる場所がほしい」という子育て中の方々の意見。市のプロジェクトメンバーは、絵本や児童書を多く置いた施設であれば、より多くの方々に施設を利用してもらえるのではないかと考えた。
 「ギャラリー“的なもの”と、児童書を中心に置いた図書館“的なもの”。その二つに加え、人が集まりやすいカフェを併設することになりました」と富岡さんは語る。図書館というよりも、敷居の低い文化施設をつくるイメージで基本方針を完成させたそうだ。富岡さんのいう“的なもの”という表現からは、市民が身構えずに入りやすい、自由で気兼ねない場所を提供したいという気持ちが感じられた。
 市民の意見を反映させたのは、基本方針だけではない。建築設計段階では、設計事務所と市民によるワークショップを行った。このような試みは、太田市では初めてのことだった。
 この試みの象徴ともいえるのが、美術館と図書館がからみ合うようなゾーニング※1だ。当初のプランでは、美術館と図書館は区分されていたという。しかし、ワークショップを行う中で「美術館と図書館は分かれていなくてもいいよね」「一緒になってごちゃまぜになっているほうが楽しいよね」という市民の意見があり、現在の形に至ったそうだ。
 通常は設計事務所だけで行うことを、市民と一緒に行うのは簡単なことではない。しかし、市民の突飛でユニークな意見が、利用者にとって過ごしていて楽しい空間に繋がっている。
 
1 ゾーニング…都市計画や建築プランなどで、空間を用途別に分けて配置すること。松村明編(2006)『大辞林 第三版』三省堂
 
 
 
設計を考えるワークショップの様子

 
ワークショップの様子
ワークショップの様子 
ワークショップ参加者は30~60代の方が多かったが、前橋工科大学の建築学科の学生がボランティアとして加わったこともあり、かなり活気のあるものとなった
 
 
“太田市民”のための施設
 
 同館の特徴は個性的な設計やゾーニングだけではない。館内には、世界 6 0ヵ国以上から集めた12,000冊を超える絵本と児童書、そして9,000冊のアートブックが揃っている。
 中でも絵本と児童書は、国際アンデルセン賞受賞作をはじめとした貴重な洋書を世界中から取り寄せている。各国の文化がにじみ出た個性豊かな本の数々は、世界の多様性に触れる入口であり、同図書館最大の特色でもある。
 
 
世界の絵本のコーナー

 
 
 
 外国の絵本は日本のものに比べて色合いがかなり鮮やかだ。言葉を見なくても絵を見れば内容がわかるような、子どもが楽しめるものが沢山ある。また、世界の絵本や児童書を多く置くことで、学校の図書館とは違った過ごし方ができるのではないかと同館は考える。
 世界中の絵本を取り寄せているもう一つの理由として、太田市に多くの外国人が住んでいるというのが挙げられる。太田市は自動車産業のまちで、下請け産業の裾野が広い。工場の働き手として、外国から太田市にやって来ているのだ。そのような市民にも、日本人と同じように施設を利用してもらいたいという思いが込められている。
 出身地や人種という垣根を越え、全ての市民が施設を利用することにより、まちに創造性をもたらすのだということを同館が体現してくれた気がする。
 
 
絵本コーナーのネオンサイン

 
絵本の背表紙
世界の絵本・児童書のコーナー 背表紙には国旗のシールが貼ってある

 
 
ボーダーレスな取り組みでまちを再発見
 
 まちづくりの拠点を目指す同館では、まちに徹底的に開かれた地域と繋がる施設を意識し、市民と連携した取り組みを多く行っている。
 美術館で行われている「フォトスケッチ」は、写真撮影を通して太田のまちを新たな視点で再発見することを目指した写真展だ。太田市にまつわる市民からの公募写真とプロの写真を展示している。平成30年6月20日から第3回目となる「フォトスケッチ」を開催。また、7月7日には参加者でまちに出て写真を撮影する市街地ツアーを初めて行った。一人では気付けなかったものを、複数人だと気付く場合もある。そのようなまちの隠れた魅力を、参加した人々が共有できるツアーとなっている。
 また、図書館では「まちじゅう図書館」を実施。市内の商店や事務所・個人のお宅を、市内に点在する小さな図書館、そこにある本を図書館の蔵書と見立てて、まちじゅうを図書館にしてしまおうという試み。普段は利用者側である市民が、館長となって図書館を運営する。今年度は新たにスタンプラリーを開催。定期的に参加館で集まって会議を行ったりと、活発に活動を行っている。
 これらの活動を通して、参加者だけではなく職員自身も初めて知った場所があったという。市民と直接事業に関わることで、職員も一太田市民として自分のまちの魅力を“再発見”しているのだ。
 また、イベント情報はネットでも発信している。「ホームページの他にもSNSでの投稿や、動画サイトにワークショップの様子を配信するなどしています」と星野さん。館を利用したことが無い方や、館の周辺に住んでいない方にも活動を知ってもらい、参加してもらえるように工夫を怠らない。
 
 
まちじゅう図書館参加館外観
入口にまちじゅう図書館のフラッグを掲げ、参加館であることをアピール

 
通路の壁に展示されたフォトスケッチの写真
フォトスケッチは展示室の中だけではなく、通路にも市民による公募写真が丁寧に並べられている

 
 
押し付けない育て方
 
 同館の基本理念である「創造的太田人」。市民を創造的太田人に育てるためには「押しつけをしてはいけない」と富岡さんは強調する。
 「私たちが子どもの頃は当館のような複合施設はありませんでした。しかし、今の子どもたちは多くの価値を一度に共有できる場所に来て、様々な体験ができます。それは子どもたちにとって、有意義なことではないでしょうか。ここでの体験が、子どもの成長過程で、“創造性”を持つ一つのきっかけになればいいなと思います。そして、当館に来れば今まで知らなかった面白いものに出会えるということを、子どもだけではなく、市民一人一人に少しずつ受け止めていただければいいなと思います。」
 太田市の人々にとってこの施設は、まちの良さを改めて気付かせてくれる存在でありながらも、新しい知識の扉を開くのを手伝ってくれる魅力的なスポットだ。今は日常に埋もれて気付けなくても、ここを利用する太田市民が「わたしを育てたのは太田市美術館・図書館だ」と胸を張って言う日はそう遠くないだろう。
 
 
雲のようなランプシェードがある閲覧室
エーアイラボオオタによる家具 
館内にはメイドイン太田による、ものづくりが至るところに施されている
例えば、幾何学的なソファや室内に浮かぶ雲のようなランプシェード
これらは太田市のものづくり集団である「株式会社エーアイラボオオタ」によるもの
 
 
(取材日:2018年6月20日)
取材・執筆:三木 すずか 金剛株式会社 社長室
※取材当時 

PHOTO GALLERY

太田市美術館・図書館内観
通路にあるサインが書かれたカーブミラー
通路 窓と壁面書架
カフェ横にあるミュージアムショップ
絵本・児童書のコーナー入り口に靴が並べて置いてある
絵本・児童書コーナーで

太田市美術館・図書館
所在地:群馬県太田市東本町16番地30
T E L: 0276-55-3036
開館時間:午前10時~午後8時(日曜・祝日は午後6時まで)
     ※企画展の観覧は午後6時まで(入場は午後5時30分まで)
休館日:月曜日(祝日・振替休日の場合は翌日)
    年末年始(12月29日から翌年1月3日まで)
    ※毎月最終火曜日は、図書館エリアのみ休館
URL: http://www.artmuseumlibraryota.jp/
 

 
エーアイラボオオタの幾何学なソファ
40号表紙
この記事は「PASSION vol.40」に収録されています
 
 
 

 

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