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将来の災害に備えた“顔の見える”ネットワークづくり
“県立 ” “総合 ” 博物館に期待される役割

三重県総合博物館


interview

話し手の写真
話し手:間渕 創さん 三重県総合博物館 調査資料情報課 
学芸員(主査) 博士[文化財]  
※所属・役職は取材当時のものです。
 
 

ー「保存環境」がご専門の間渕さんは、ご自身の仕事をどのように捉えていますか。
 
 学芸員や研究員は、資料を収集・保存しながら、研究することで「文化財等」の価値を明らかにし、展示などによりそれを普及するのが仕事です。つまり「文化財等の〈保存〉と〈活用〉」を行うわけですが、保存環境を専門分野とする私個人としては、とりわけ〈保存〉の部分を後ろから支えたいという強い想いがあります。
 特に当館が対象とする資料は、人文系から自然史系、公文書※1まで多岐にわたり、それぞれの分野において資料保存の意味や文脈が微妙に異なります。ですから、個別の資料について「なぜ残していかなければいけないのか?」「自然史標本や文化財は社会や人類にとってどういう価値があるのか?」といったようなことを深く考えるのは、それぞれの分野の専門家による研究にお任せしようかな、と思っています。従って私は、文化財等を残すことを大前提として仕事をしています。残す理由よりも「どのように保存するのか?」という現実的な保存方法に興味があるのです。加えて、博物館というところはあらゆるものを収蔵する場所です。個人的な興味関心で特定のジャンルや文化財を保存する・しないといった判断をしてはいけませんから、無意識に「保存する対象の価値」は考えないように自制心が働いているのかもしれません。
 文化財やモノが持つ寿命を本来の長さに近づけるための「理想的な保存環境」に関する研究は、これまでに多くなされてきました。ではそれをどうやって実践するか?というのは館によってケースバイケースです。館の規模や設備、人員、予算…あらゆる制約がある中で、いかに求められている理想的な環境へ近づけるかという試行錯誤が、私にとっては非常に楽しく、仕事のモチベーションでもあります。
 現実的にどう対処するかということに興味があるので、博物館の現場に勤める道を選びました。研究に基づいた「理想的な保存環境」を体現できる館は少ないのが現実です。だからこそ、現場も研究も分かる人間として、その理想と現実の間を埋めたいと思っています。
 
※1 三重県総合博物館は公文書館機能(保存・公開)を有する施設である。
 
 

三重県総合博物館の基本展示室
三重県総合博物館 基本展示室

 
浮世絵の展示
総合博物館として、扱う対象は人文系から自然史系まで多岐にわたる

 
2階エントランスの吹き抜けにつりさがった青いモービル
2階エントランス  
吹き抜けにあるモビール 三重を象徴するモチーフが揺れる
 
像の化石

 
 
ー文化財等を保存する上で、災害は無視できないリスクの一つになってきています。間渕さんが勤務している三重県総合博物館はどのように災害に備えているのか教えてください。

 まずハード面の備えとして、当館は津波や河川の氾濫といった水害の恐れがない場所に建てられています。加えて構造面では建物免震を採用しています。また燻蒸装置や真空凍結乾燥機といった、被災文化財等の応急処置にも利用できる設備も導入しています。このようにハード面の防災にこだわっているのは、災害時に被災した地域の文化財等を当館に運び込むことも想定しているからです。これは、当館の建設中に東日本大震災が発災したことも大いに影響しています。
 ソフト面としては、人文・自然史研究に限らず多様な専門分野の学芸員※2が在籍する総合博物館として、県内でどこかが被災した場合に細やかな対応ができるという点は当館の強みでしょう。 
 当館は、ハードとソフトの両面で大きな役割を期待されつつ、災害時における文化財等の保護拠点を目指しています。
 
※2 博物館学・保存科学・アーカイブズ学・資料情報学・動物学・植物学・地学・ 歴史学・ 美術工芸史学・民俗学を専門とする学芸員が勤務している。 (2017年5月現在)
 
 
免震構造の注意書き
館の壁面 
一階部分にある注意書き
 
 
一三重県総合博物館に事務局を置く三重県博物館協会は、災害対策として何か特別な取り粗みをしていますか。
 
 三重県博物館協会(以下:博物館協会)では、災害時における会員館園の相互協力に関する規約※3を定めています。また、災害時に必要な物資の購入や派遣旅費などの目的に限って使用できる災害対策事業基金の設置や、応急処置に必要となる資材の備蓄などを行っています。しかし「災害対策」は、あくまでも「三重県内の博物館園等の相互連携を密にし、博物館事業等の普及発展をはかり、三重県の文化の進展に寄与する」ことを目的とする博物館協会の活動の一つという位置づけです。災害時は、連絡網が機能しにくいケースや、指定管理者制度で運営されている施設が被災した場合は現場に行ってもスムーズなレスキューができないといったケースも想定されます。また、現実的には、「業務」や「依頼」といった機関レベルの公式な要請よりも、「◯◯さんの館が被災してレスキューを必要としています」といった、職員レベルの情報の方が早く届くのではないでしょうか。 そのような理由で、博物館協会では、実際に働いている職員同士が関係を構築することを重視しています。約50の会員館園(約70施設)は、日頃から交流する中で「どこの館に誰がいて何を担当しているのか?」をお互いに把握しているのです。災害対策のための特別な取り組みに力を注いでいるわけではありません。
 
※3 正式名称は「災害時の相互協力、その他機関、団体との連絡および協力に関する規約」。
 
 
交流会事業の様子
博物館協会の交流会事業(平成29年1月25日) 
梱包研修の様子
 
 
一博物館協会を通じて「顔の見えるネットワーク」を作ることが、万が一の時への備えになるわけですね。 三重県の博物館施設は、これまでに災害対応を行った経験があるのでしょうか。
 
   実は、三重県では10年ほど前から、台風や高潮の影響で河川が氾濫した際に、県の県史編さんグループ※4が中心となって文化財等のレスキュー活動を行ってきた歴史があります。阪神・淡路大震災の際に行われた歴史資料のレスキュー活動を知ったことがきっかけになり、三重県での河川の氾濫時のレスキュー活動につながったのだと聞いています。 平成23年の東日本大震災を受け、博物館協会では先述の災害時の相互協力に関する規約を作り始めていました。ところが、規約の施行はおろか完成も間に合わないまま、台風12号による紀伊半島大水害の被害に遭ってしまったのです。しかし、そこで博物館協会はその状況を逆手に取って、「作りかけている規約の内容で、本当に上手く災害対応ができるのか?」と、実験も兼ねてレスキュー活動を行いました。そして、その際の実体験や反省を盛り込んだものを平成24年6月に施行しました。
 東日本大雲災への職員派遣や紀伊半島大水害で学んだのは、災害時は想定外のことがたくさん起こるので、どれだけ柔軟に動けるかが重要ということです。そのためにも規約のような公的な文書は一つ一つの具体的な事例に踏み込むのではなく、なるべく包括的な表現でなければなりません。完成した規約では、「三重県内の文化財等」「その他、必要と判断される救援活動」のような表現を用いることで柔軟な対応を可能にしています。
 
※4 平成25年4月1日 現在の「県史編さん班」へ名称変更。
 
 
テーブルにたくさん置かれた水害被災史料
紀伊半島大水害後に行った被害調査

 
 
一過去に起きた数々の災害に学び、水害対応の経験を蓄積される中で、文化財等の救出活動が、三重県で一種の “伝統文化”になりつつあるように感じます。

 三重県では災害対策のみを目的とした博物館施設のネットワークはありません。三重県で災害が起こった場合には、①三重県教育委員会 ②三重県博物館協会 ③三重県歴史的・文化的資産保存活用連携ネットワーク(以下:みえ歴史ネット)という3つの組織が協力して災害対応することを想定し、各団体に防災に関する機能を持たせるよう試みてきました。
 
 
文化財等関係施設の連絡系統イメージ
災害時における三重県内 文化財等関係施設の連絡系統イメージ図(※クリックして拡大)

 
 
 当館は県内の文化財等の被災に関する情報が集まる「ハブ機能を有する館」として重要な位置づけを担うことになります。「県立」館として、設置者である県の教育委員会から得た情報を、各団体に「事務局」の立場として共有するのです。 具体的には、県の教育委員会が各市町村の教育委員会から収集した「指定文化財の被災状況」、博物館協会が照会した「会員館園の被災状況」、みえ歴史ネットが入手した、古文書のような「未指定文化財の被災状況」が、当館へ集まるようになっています。このように、当館は各組織の中におけるそれぞれの立場を上手に利用して、被災情報の集積地になる予定です。 今まで起きた災害と先達の活動について学び、自分たちの組織に取り入れる際には、各自の地域性に合った方法を模索していかないといけませんよね。三重県には突出した大都市があるわけではなく、伊勢湾岸沿いに小~中規模の都市が分散しています。 県立の施設は設備も人員も豊かな館の部類に入りますから、災害時には当館に寄せられる期待に応えられるように、当館の職員たちは日々、災害への想定を欠かしていません。
 
 
ー最後に、お隣の県である和歌山との文化財等の災害対策に関する交流について教えてください。 
 
 三重県と和歌山県は紀伊半島の隣県同士で、地震や津波、台風で同じような被害に遭いますが、近年まで博物館業界での交流は全くありませんでした。そのような中、個人的に普段よりお世話になっている先生に歴史資料保全ネット・わかやま※5をご紹介いただき、平成29年2月には和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議(以下:和博連)※6が主催する研修会で博物館協会の災害時における取り組みの発表をして交流を深め、台風や地震の際には博物館協会としても情報共有ができるよう目指しています。 また、 歴史資料保全ネット・わかやまではメーリングリストにより、月に何度も防災情報や新聞記事が紹介されています。当県でも、歴史資料保全ネット・わかやまや和博連のように、日常からこまめに県内の博物館施設に向けての情報発信ができたら…と思っているところです。 三重県の博物館ネットワークは、今後さらに和博連を始め、愛知県・岐阜県・静岡県の博物館協会といった団体と交流を深め、将来の災害に備えて共に活動していけたらと考えています。
 
 
間渕さんが講演する様子
和博連 平成28年度 研修会にて講演(平成29年2月28日) 
(写真提供:和歌山県博物館施設等災害対策連絡会議)
 
 
※5 平成23年の紀伊半島大水害後に発足したボランティア団体。学芸員や大学教員らにより構成されている。
6 文化財等の災害対策を目的に設立された団体。和歌山県の博物館・図書館・文書館・教育委員会などで構成されている。
 
 一本日は貴重なお話を聞かせていただき、ありがとうございました。
 
 
(取材日:2017年5月11日)
取材・執筆:宮脇 薫子 金剛株式会社 社長室
※取材当時 

三重県総合博物館(MieMu)
所在地:三重県津市一身田上津部田3060
T E L :059-228-2283
開館時間:交流創造エリア/午前9時~午後7時 
     展示エリア(基本展示室・企画展示室)/
    〈火〜金〉午前9時〜午後5時〈土・日・祝〉午前9時〜午前7時 
    ※展示室への入室は各自の閉場時間30分前まで
休館日:毎週月曜日(祝日の場合はその平日)、年末年始(12月29日~1月3日)、別途定める日(特別休館日:くん蒸など)
U R L :http://www.bunka.pref.mie.lg.jp/MieMu/index.shtm

 

MieMu外観

 

PASSION38表紙
この記事は「PASSION vol.39」に収録されています
 
 
 

 

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