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矢部川流域 古代からのメッセージ

筑後広域公園芸術文化交流施設
九州芸文館


interview

話し手の写真
話し手:津留 誠一 さん (中)九州芸文館 館長 NPO法人芸術の森デザイン会議 代表、安西 司 さん (右)九州芸文館 交流事業担当 NPO法人芸術の森デザイン会議、武下 紀夫 さん (左)福岡県 人づくり 県民生活部文化振興課 事務主査 
※所属・役職は取材当時のものです。
 
 
 福岡県南部を東西に流れる清流・矢部川。豊かな自然に恵まれるその流域には、太古の昔から蓄積された固有の風土や文化が、人々の永年の営みとともに息づいています。この一帯を形成する5市2町は「筑後七国」と総称され、昨今では境域を越えた様々な文化交流が展開されています。その中心的役割を担っているのが、芸術文化交流施設「九州芸文館」。広大な筑後地域を俯瞰する文化交流の取り組みにより、筑後地域の新たな歴史の扉が開かれようとしています。
 
 
芸文館外観
 

 
 
ーまず、九州芸文館の施設の概要について教えていただけますか。
 
 九州芸文館は、平成25年に福岡県の施設として開館しました。デザイン協力は世界的建築家の隈研吾さんです。建物の背後に広がる風景に溶け込むよう、低層で山並みをイメージした作りになっています。
 各種スポーツ施設や公園を擁するこの一帯は「県営筑後広域公園」として整備されたエリアで、当館の目の前には九州新幹線の筑後船小屋駅があります。九州自動車道も近くに整備されており、交流施設としては恰好の立地にあります。
 当館では「芸術文化」「体験」「交流」という三つを活動の柱に掲げており、施設の設置者である福岡県と指定管理者の「ちくごJR芸術の郷事業団」が、年間を通して様々なイベントを企画・運営しています。
 
 
筑後船小屋駅
九州芸文館と九州新幹線・筑後船小屋駅 

 
 
ー指定管理者「ちくごJR芸術の郷事業団」の構成機関の一つ、NPO法人芸術の森デザイン会議(以下、デザイン会議)は、彫刻家でもいらっしゃる津留館長が立ち上げた機関だそうですね。九州芸文館が開館する以前からこの地域の町おこしに関わっていらっしゃったということですが。

 デザイン会議は、この矢部川流域の文化や風土をデザインの力で発信していくための様々な活動を行っている団体です。たとえば「筑後七国」を構成する5市2町の特色をわかりやすく伝えられるよう、それぞれにキャッチコピーを付けました。日本一の家具生産量を誇る大川市は「匠のくに」。川下りが有名な柳川市は「水のくに」。信長が舞った「敦盛」で有名な日本最古の舞楽・幸若舞(こうわかまい)が伝わるみやま市は「幸のくに」。果物の栽培がさかんな広川町は「果のくに」。全国ブランドの八女茶の名産地八女市は「茶のくに」。いぐさや米、キノコなどの栽培が盛んな大木町は「穀のくに」…といった具合です。ここ筑後市は、バレンタイン神社の愛称で有名な恋木(こいのき)神社になぞらえて「恋のくに」としました。こうして矢部川流域を一体として捉えると、実に豊かな自然と風土に恵まれた地域であることがわかります。地元の方々は「うちのまちには何にも無い」とよくおっしゃいますが、決してそんなことはないんです。現在の自治体の単位ではなく、古代にこの地を治めていたと言われる卑弥呼の視座で広く地域を捉えなおすことが重要です。

 
 
筑後七国のイラスト地図
「筑後七国」を構成する5市2町 出典:「筑後七国よかとこ巡り旅」https://chikugo7koku.net/

 
 
ー確かに、古代から続く人々の営みという切り口で矢部川流域を一体として捉えるのは理に適っていますね。
 
 この地域は、多くの芸術文化を育んできた土地でもあります。絵画では青木繁や坂本繁二郎。文学では北原白秋や檀一雄。現役で活躍されている五木寛之さんや安部龍太郎さんといった芥川賞、直木賞作家もこの地域の出身です。伝統工芸では大川の家具や久留米絣(がすり)など…。数え始めると枚挙に暇がありません。
 約400年前、江戸時代の芸術家・本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)が京都・鷹峯(たかがみね)に開いた「芸術村」は、多くの芸術家の創作と生活の場として栄えました。デザイン会議は、この筑後地域に現代の芸術村を再現すべく、20年にわたり「芸術の里構想」を推進してきました。芸術家たちが制作し、発表し、そして生活する場をこの筑後に作ろうという構想です。デザイン会議のメンバーには芸術分野の方々ばかりでなく、医者や会計士などもいらっしゃいます。芸術の力で町おこしをしたいという方ならどなたでも歓迎しています。
 
ーなるほど。かねてからのそうした理念と活動が、九州芸文館の運営に活かされているわけですね。
 
 平成25年にこの九州芸文館が完成し、指定管理者が公募された折には、何としてもという思いで応募しました。大手出版社など並み居る方々 の応募がありましたが、なんとか受託することができました。施設を運営するにあたり、会計管理、施設管理などのノウハウも不可欠でしたので、J R 九州エージェンシー(株)に代表団体になっていただき、JR九州メンテナンス(株)(現:(株)JR九州サービスサポート)とともに三者で事業団を組成し運営にあたっています。
 
ー九州芸文館が担う三つの活動の柱は「芸術文化」「体験」「交流」とのことですが、それぞれについて教えていただけますか。まず「芸術文化」について、具体的にはどのような取り組みをされているのでしょうか?
 
 芸術文化事業は、美術展覧会や「アーティスト・イン・レジデンス」が該当します。
 美術展覧会は、県主催を年3本、指定管理者主催を年2本以上、合計5本以上をコンスタントに開催し、県立美術館コレクション展や、筑後地域にゆかりの作家の作品などを紹介しています。
 
 
展覧会を見ている人びと
美術展覧会の様子 

 
 
 「アーティスト・イン・レジデンス」は平成27年から始めたプログラムです。国内外のアーティストに筑後市内に滞在していただきながら、筑後地域をテーマにした作品を制作し、この九州芸文館で発表してもらうというものです。平成27、28年度は「筑恋邸(ちくれんてい)」という筑後市の居住体験施設を滞在拠点として、地域の方の協力を得ながら実施し、また、平成29年度は、筑後船小屋駅隣の羽犬塚駅前にある「MEIJIKAN」を滞在拠点として実施いたしました。特に、「MEIJIKAN」は、100年以上の歴史をもつ宿泊施設「明治館」が、平成28年度に「羽犬塚プロジェクト」という企画によりアート作品に囲まれながら宿泊できる場所へと生まれ変わった複合施設であり、アートにご理解の深いオーナーさんとのご縁により、事業の新たな拠点としてご協力いただいております。
 
 
懇親会で賑わう様子
アーティスト・イン・レジデンス 「MEIJIKAN」での懇親パーティーの様子

 
天井から水が流れている作品
アーティスト・イン・レジデンス2015年作品 「結ばれる飛白の情景-indigo scenery」武内貴子(福岡)

 
 
ーまさに地域の方のご協力によって成り立っている事業ですね。二つ目の柱「体験」についてはいかがでしょう?
 
 体験事業には、様々な講座やワークショップがあります。夏休みと冬休みに開催している「こどもアカデミー講座」は特に人気があり、毎年、受付の当日は朝から電話が鳴りっぱなしです。講座の内容は美術や音楽といった芸術科目を子どもたちと一緒に体験するというものです。芸術科目は、普遍的な価値観や生きる力を身に着けるために不可欠ですが、学校教育の現場では十分な時間を確保できていないのが現状です。理屈で理解するのではなく、しっかり時間をかけ、体験を通じて「楽しい」とか「難しい」とか、そういった感覚を身につけることが重要です。この九州芸文館には、地域の社会教育施設としてそうした体験の機会を提供する責務があると考え取り組んでいます。
 
 
子どもが絵を描く様子
こどもアカデミー講座

 
 
ーアート教育に対する親御さんたちの期待の高さが窺えますね。三つ目の柱「交流」。これはどういったものですか?
 
 交流の代表的な事業は「卑弥呼の火祭り」です。これは、この筑後地域に残る伝統行事や食文化・地酒を九州芸文館に集めたイベントで、年々来場者も増えてきています。
 各地域に伝わる祭りの中には、後継者がいない、人が来ないという問題を抱え、伝承の危機にあえいでいるものが少なからずあります。各地の祭りを盛り上げるためにご協力をお願いすると、「祭りは神事であってショーではない」「本祭でも人がいないのに、外部に持ち出す余裕などない」という反応を示されることが殆どでした。
 我々の趣旨に賛同していただける方もいらっしゃるのですが、目の前で賛成派と反対派の喧嘩が始まったりするんです。そんなことを繰り返しながら何度も足を運び、ようやくご協力いただけるようになるまでに、だいたい3年はかかります。中には、地元の氏子衆の長老格の方々の反対を覚悟して出してくださる方々もいらっしゃいます。あとになってそんなお話を聞かせていただいたときには、思わず涙がこぼれました。
 かつて子どもたちは、地元の祭りで花形を務める近所のお兄ちゃんの勇壮な姿に憧れながら、その地域へのアイデンティティを育んでいったものです。「卑弥呼の火祭り」に参加することで後継者の発掘に繋がったというお話も聞こえてきています。神事である地域の祭りを外に出すということは、それなりの苦労と覚悟が伴うものですが、それを乗り越えてご協力くださるのは本当にありがたい限りです。

 
 
卑弥呼の火祭りの様子
卑弥呼の火祭り(筑後市熊野神社「鬼の修正会」)

 
 
ー九州芸文館を「美術館」でも「博物館」でもなく「芸術文化交流施設」とされている意味がよくわかりました。この筑後地域全域を舞台に地域の発展に貢献する数々の活動、これからの展開がますます楽しみです。最後に今後の展望をお聞かせいただけますか。
 
 九州芸文館は今年で6年目を迎えました。身近な文化・芸術に触れていただくことで、郷土の誇りに気づいていただき、地域の発展に繋がっていく。世代を越えてそんな循環が生まれるきっかけを今後も作っていきたいと考えています。
 
ー本日は貴重なお話を聞かせていただきましてありがとうございました。

 

(取材日:2018年8月21日)

取材・執筆:矢賀部 仁 金剛株式会社 復興推進本部 戦略室
※取材当時 

PHOTO GALLERY

芸文館の敷地内にあるオブジェ
サイン
アネックスと名付けらた工房
アネックスの屋根と影

筑後広域公園芸術文化交流施設・九州芸文館
所在地:福岡県筑後市大字津島1131
T E L:0942-52-6435
開館時間:午前9時から午後9時まで
休館日:毎週月曜日(月曜日が祝日の場合はその翌日)
    年末年始(12月29日~1月3日まで)

URL:http://www.kyushu-geibun.jp

 
大仙市アーカイブズ外観
40号表紙
この記事は「PASSION vol.40」に収録されています
 
 
 

 

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