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注意発行当時の記述について
本記事は、金剛株式会社が1994年11月30日に発行した機関誌「PASSION Vol.15」の内容を、当時の記録として公開するものです。
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東京国立文化財研究所保存科学部 生物研究室 室長 門倉 武夫
1.はじめに
博物館の建設ブームと呼ばれた1980年代から各地に多種多様の博物館、美術館、資料館などが建設され、資料の収集、研究、活用など文化財に対する意識が急速に拡大されてきた。
わが国で「博物館」の文字が出現したのは、幕末の頃(1800年代中頃)であり、欧米各地へ派遣された使節団の見聞報告の中に「古物館」、「物品館」と共に「博物館」と記録されている。古い博物館では貴族のコレクションや社寺の宝物など歴史的遺産が中心であった。
これらの遺産は古来からの人類発展の経緯を伝え、今日および未来の文化的社会を構築するための貴重な文献である。明治の始めから文化財を保護し継承する努力が進められてきた。
これが博物館の始まりであった。
現在では昭和25年(1950)に制定された文化財保護法を基本とする法律により文化財の位置付けが定められている。ここでは「文化財を活用し、国民の文化的向上に資すると共に、世界文化の進展に貢献することを目的とする」(法律214号)とあり、文化財の活用を重視している。
明治初期の博物館は、人々の啓蒙、教育の一つの手段として造られ、その後、昭和26年(1951)に博物館法が制定され、ますますその役割が広域となってきた。文化財はもともと脆弱な形態を保ち現在に継承されてきたため、その取り扱いには過分の慎重さが要求される。
文化財の特殊性とその保存活用について文化財保存の立場から考察してみたい。


2.文化財の特殊性
文化財の保存に関わる種々の課題は、他に類例のない特殊性である。
文化財保護法第53条で定義している。その概要を表1に示した。
| 有形文化財 有形の文化的所産 | 歴史上または学術上価値の有るもの (考古資料、歴史資料、建造物、美術工芸品など) |
| 無形文化財 無形の文化的所産 | 歴史上または芸術上価値の有るもの (芸能、工芸技術その他) |
| 記念物 遺跡、各勝地など | 歴史上、学術上、芸術上、鑑賞上価値の有るもの (古墳、史跡、都城跡、動植物、地質鉱物、天然記念物など) |
| 伝統的建造物群 周囲の環境と一体を なしている | 伝統的な建造物群で価値の有るもの (歴史上風致を形成している建造物群) |
表1の無形文化財を除くと全て有機物質または無機物質により構成されている。この定義に拘らず、近代のものであってもその時代を継承する資料で、その価値は今後生ずるもので充分に考慮しなければならない。ここで対象とする文化財は上述のごとく広範囲にわり、それらは建造物、絵画、工芸品などを構成する木竹材、種々の金属、染織品あるいは土石類が単独または複合して使用されている。文化財は博物館、美術館、社寺院あるいは公私の所蔵家により長い間保存、活用されてきた。いずれも長期間自然環境において経験的手法による保存方法が考案され現在まで残されてきた。しかし、近年の社会的要求の高まりから活用頻度が急激に増加し、博物館や美術館の建設に至った。一方、産業の活性化、社会生活の向上に伴う環境汚染は多くの文化財の保存環境にもその影響が懸念されている。
文化財は常に周囲の環境の影響を受け、その寿命が決められる。即ち、材質に適合した条件に於て管理されることがより劣化を少なくすると考える。環境汚染は、雰囲気中に何らかの原因で異現象が生じ、その結果、文化財としての価値を損う状況が生じた時、この環境は汚染されているといえる。文化財の環境を汚染する要因は非常に広い範囲に存在し、次の様に大別することができる。
①自然環境、②社会環境。③保存活用の場とした環境、④土中の古墳内環境。これらは更に細分化される。例えば自然環境は地理的条件に左右され、②社会環境は人口の過密や産業の活性化に伴う公害環境。③保存活用の場とした環境では保存収蔵施設、展示環境など多くの課題を抱えている。これも文化財のもつ特殊性の一つと言える。ここでは主に「③の保存活用の場」とした環境について考えてみたい。
3.文化財の保存と活用
わが国では文化財保護法の下に文化財の保存活用に努めているが、文化財は古代から知恵と経験により千年以上の歴史を経て現在に継承されてきた履歴を持ち、これを活用して更に次世代に引き渡さなければならない。
言い換えれば活用の結果何等かの影響でその価値を減ずることがあってはならない。そのために宝物館や収蔵庫として環境条件の調節可能な施設が採用されている。また、活用の場として博物館や美術館にその目的に応じた施設が与えられている。
ここで保存活用の条件を簡単に表2にまとめてみた。
| 目的 | 保存・収蔵 | 活用の場 |
| 施設 | 収蔵庫、宝物庫、その他の施設 (展示併用) | 博物館、美術館、資料館、 その他の施設 (収蔵庫併用) |
| 設備 | ケース類、棚類、収納箱 | ケース、棚類、密閉ケース、 壁付きケース、覗きケース |
| 環境条件を 乱す要因 | 汚染空気の進入、屋外、屋内入室者 (調査、研究) | 汚染空気の進入、屋内環境利用者、 見学者、展示換え |
| 影響の種類 条件 | 化学的影響:汚染空気、光、温度、湿度、その他 物理的影響:光、温度、湿度、その他 生物的影響:黴(カビ)、虫害、温度、湿度、その他 資料の搬入 | |

表2で示したように、文化財資料は特別の管理下に保存され、それは劣化、損傷の恐れのない条件で活用されている。そのため収蔵庫、展示のための施設、設備が準備されている。しかし、ここで示した活用は最も代表的なもので、研究のための調査、記録など目的に応じて研究室や資料室などが必要である。
多くの文化財を所蔵する博物館では独立した収蔵庫を所有しているが、小規模の美術館、資料館などでは展示施設の一部にこれらの施設が備えている場合も多い。
表2について若干の説明をしておく。
収納庫には収納棚、個々の物品に対して更に桐材などで造られた収納箱が用意されている。保存、活用には考慮すべき幾つかの事項がある。
文化財をより安全に保存するため安定した環境の維持が重要であり、内外の汚染物質は充分に除去し清浄な環境を保つために収蔵庫内には資料整理、調査、研究などを除き不用意な入室は避けなければならない。
活用の場である展示室は見学者の他に清掃、展示換え等内部に汚染物質を取込む機会が多く屋内環境に対する注意が必要である。
環境の汚染は文化財に対して化学的、物理的、生物的影響を及ぼす。化学的作用には汚染空気、光、温度、湿度などが互いに反応条件を作り金属の錆化、有機質材料の変退色を進行させる。
物理的作用は、主に光、温度、湿度変化などが影響し、急激な温湿度変化による亀裂や材質疲労など損傷を引起こす。また、生物的作用は、化学、物理的作用と異なり、虫害、菌類(カビ)など微生物による影響で、温度、湿度が成育条件を作り出し被害を短期間に増大する。多くの材質劣化に温度、湿度が関与するため保存活用に於いて条件設定は最も重要で慎重に行わなければならない。
故宮外廊に付けられた白大理石の龍頭飾り(北京市)


4.おわりに
文化財保存の活用に関わる課題を取上げてみたが、限られた紙面で充分な解説が難しく、難解の点があるかと思われるが、文化財の特殊性に対してそれを保存し安全な方法で活用されなければならない。ここでは解説に至らなかったが活用について資料の種類により異なる方法も考慮することはいうまでもない。
わが国は高温多湿の気象要素をもち、これが有機質文化財を今日まで残すために役立ち、一方では微生物や虫害など生物劣化の促進に関与している。
古代からこの様な環境を経過してきた文化財は如何に特別な扱いをされてきたか理解される。文化財は自らの生命力を持たず、種々の環境条件を受入れて劣化が進行する。従ってその取扱いに最大の注意が要求される。
近年、大気汚染や酸性雨など環境汚染が社会問題となっている中で、文化財の活用に対してより高度な研究が期待される。



(1994年11月30日刊行)
