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熊本地震を通じて見えた公文書保全の課題と展望
災害に強い地域社会を作り出す公文書の可能性

天草市立天草アーカイブズ 


interview

話し手の写真
話し手:橋本 竜輝 天草市総務部総務課・天草市立天草アーカイブズ管理係 主査 ※所属・役職は取材当時のものです。
 
 
 今回の熊本地震では、県内の多くの自治体の庁舎が被災しました。取り壊しが決定した庁舎もある中、天草アーカイブズ様は地震発生直後より県内唯一の公文書館として、公文書の被害状況把握のためにいろいろな取り組みをされてきました。震災から4か月超が経過した8月下旬、天草アーカイブズの橋本さんにお会いして、これまでの歩みや熊本県内の公文書保全の実状などについてお話をきかせていただくことができました。
 
 
天草アーカイブズ玄関
 
 
―PASSIONではVol.36でも天草アーカイブズ様を取材させていただきました。改めて業務について教えていただけますか。
 
 天草市では保存年限を過ぎた公文書は全て天草アーカイブズに移管されることになっています。受け入れた文書は全てに目を通して評価・選別し、残すものについては整理、保存を行い、廃棄するものについては我々の手で処分場まで持ち込みます。他の自治体では、あらかじめ定められた保存年限に応じて各課が機械的に文書を処分するのが通常の流れですが、天草市では全ての文書が天草アーカイブズに移管されます。後世に残すべきものの判断が我々に委ねられ、廃棄の権限を公文書館が持つという事が最大の特徴と言えます。   
 
―天草市役所も倒壊の危険性があるとして庁舎内の各部署が市内各所へ分散移転されましたね。
 
 こういった移転の際には文書の大幅な再整理が求められることになるため、重要な文書が喪失してしまうリスクも孕んでいます。一般のオフィスや家庭でも引っ越しのときは「捨てる」ことを前提として作業が進められますよね。それと同じです。天草市では、日頃からそれと真逆の「全量移管」を原則にしていま す。廃棄を前提としない「全量移管」は作業の負担を増大させますので、なかなか理解していただくことが困難です。平成14年の天草アーカイブズ設立時は「全量移管」に対しそれなりの反発がありました。 
 
 
廃校の教室に移設されたダンボール箱
 
廃校の教室に移設されたダンボール箱

閉校となった小学校校舎を天草市役所本庁舎文書の一時退避場所として利用した
「全量移管」された文書の数は実に数千箱
 
 
 しかし、地道に呼びかけを行ってきた結果、今では「全量移管」を 当然のこととして意識していただけるようになり、今回もその原則を踏襲して移転していただくことができました。本庁舎の保存書庫にあった数千箱に及ぶ資料も「廃棄しない」原則に従い、閉校になった市内の小学校に一時保管のため無事に移転されました。
 
―県内では、地震被害により庁舎の取り壊しが決定した自治体もありますが。
 
 公文書が地窟で直接的な被害を受けていなくても、そのあとの庁舎解体に伴う移転作業の中で評価・選別をされずに廃棄されていくという、いわば公文書の二次災害が起きないかというのが心配です。一般の行政職員にとっては、保存年限を越えた文書は、現業に必要なもの以外はおおよそ廃棄対象となってしまいがちです。
 天草アーカイブズは震源地から遠く、地震の被害もほとんどありませんでした。そのため、5月27日には被災文書 の移転にともなう整理や評価・選別のお手伝いなど、支援できる体制があることを県内の被災自治体に向けて市長名でお知らせしましたが、今のところ救援要請はありません。
 
 ―自治体の公文書の被災状況はどうなんでしょうか?
 
 残念ながら把握できていないのが実情です。4月16日の本震直後から、庁舎の被害が大きいとされる自治体を回りましたが、ほぼ立ち入り禁止で庁舎内の様子を確認することはできませんでした。被災庁舎からの文書の搬出などといった、ある程度大がかりな作業は5月の大型連休あたりから始まるだろうという予測がありましたので、全国史資料保存利用機関連絡協議会(以下、全史料協) ※1 から連休直前の4月28日に被災した自治体の首長宛に「公文書等の保全・保存に関するお願い」という文書が送られました。 
 
 

お願いの見開きページ
4月28日に全史料協から県内の被災自治体の首長に送られた「平成28年熊本地震被災地における公文書等の保全・保存に関するお願い」
公文書が地域の復興に取り組む上で重要な意味を持つことを説き被災資料の保全と保存に十分な配慮を求めている
 
 
 また、私自身、全史料協の調査・研究委員でもあるので、全史料協の立場で被災状況の調査ができないか模索していているところです。具体的には県内市町村の担当部署宛にアンケートをお送りして反応をみるということを考えています。実はこのアンケート調査のアイディアは、4月末に熊本にお見えになられた、被災公文書レスキューの第1人者であられる国文学研究資料館の青木睦先生とのお話の中で出たものです。しかし、震災直後は、県内の各被災自治体は避難所の運営や罹災証明書発行の対応などに尽くされていましたので、公文書の被災状況調査を行うのは時期尚早と判断して、いったん見合わせました。早期に行わないといけないという焦りもありましたが、 9月はじめには県内自治体に対してアンケートを発信する予定です。
 
 
※1 全国史資料保存利用機関連絡協議会 
文書館、公文書館、図書 館、歴史資料館、自治体編纂室、大学資料室など、 文書資料の保存、利用を携わる機関や個人によって構成される団体。会員相互の連絡、連携、研究協議を図り、記録史料の保存利用 活動の振興に寄与することを目的としている。( 全国史資料保存利用機関連絡協議会(全史料協)ホームページ→http://www.jsai.jp/
 
 
―公文書は後世に受け継ぐべき重要な記録ではありますが、行政としては災害発生直後は被災者の方の支援が最優先。やはり被災文書の救出は優先順位としては劣後せざるを得ませんよね。天草アーカイブズ様としては支援の体制もあるだけに、もどかしい思いをされているのではないかとお察しします。
 
 今回の熊本地震はお隣の大分県も被害を受けました。4月27日には大分県公文書館が「県および県内市町村の公文書関係は被害無し」という報告を全史料協のホームページで発信されました。大分は県公文書館や別府大学が中心となって運営している公文書の管理や保存に関する連絡協議会があり、普段から研修会などで交流があったためにいち早く被害調査ができたようです。
 
―熊本県内では各自治体の公文書担当職員によるネットワーク組織のようなものはなかったのでしょうか。
 
 熊本県には当館のほかに公文書館がなく、協議会などの連携組織もありません。 実は、今年の1月に全史料協主催の 「公文書館機能普及セミナー」というものが熊本で開催され、県内自治体の公文書担当職員が集まる機会がありました。私も登壇の機会をいただき、協議会のようなネットワーク設立の足掛かりになればという思いで臨みました。
 

 

セミナーの告知のチラシ

熊本地震の3か月前、平成28年1月20日に熊本で開催された「平成27年度 公文書館機能普及セミナーin熊本」の告知チラシ。70名ほどが参加。橋本さんも登壇された。
出典)全史料協ホームページ
http://www.jsai.jp/iinkai/chousa/20160120seminar-in-kumamoto.pdf
 
 
―熊本地震の前からネットワークづくりの重要性を理解されていたのですね。
 
 私自身、天草市河浦支所の職員だった平成18年に集中豪雨による水害を経験したことがありました。当時、天草アーカイブズの河浦書庫内※2は冠水して多くの公文書が水損被害にあっていました。被災状況はわかっていたのですが、そのとき私は災害ゴミの担当だったので、水損文書の救出にあたることができず、なにもかも後回しになってしまいました。たまたま外部から天草に来ていた天草史料調査会※3の方々が 被災状況を知り、初動対応をしていただきました。
 それから、東日本大震災の時に国文学研究資料館が主体となって岩手県釜石市で行った行政文書レスキュー活動※4に一週間ほど参加させていただいた経験もありました。
 これらの経験から、外部との連携、ネットワークづくりの重要性は強く認識していましたので、例えば、全史料協の九州ブロックや熊本県内の協議会のような形を作って、研修会などを開催し、連携を深められないかというような話を九州管内の関係機関などに相談していたところでしたが、そんな矢先に熊本地震が起きてしまったのです。
 こういった災害の時には、大分の県公文書館のように基幹施設が中心的役割を担って情報の集約、連携体制の構築など交通整理を行うのが通例です。ところが、熊本には中心的役割を担える県立公文書館などの基幹施設が存在しないのです。それに代わる連携体制も現在ありません。熊本県や宇土市など、早くから公文書に関する条例を制定している自治体もありますが、そういったところを除くと、熊本県内全般では公文書保全に対する意識はそれほど高くないという実状もあるように感じます。
 公文書の管理はそれぞれの地方自治体が自治事務として行うものですが、 災害による公文書被災などの際は、救援作業の人手や物理的な復元の専門性などから外部への支援要請も少なからず必要となります。防災のため、日頃の管理はもちろん、危機意識や外部とのつながりも大切です。
 とは言っても、天草も最初から被災文書についての意識が高かったかというとそんなことはありませんでした。平成18年の天草の水害の際、水損資料の山を見た当時の職員はそれほど危機感を感じていなかったようです。偶然天草にいらっしゃっていた外部の専門家の方が「すぐに処置しなければいけません」と、助言下さったおかげで危機感を抱くことができたようです。おそらくどこの自治体の職員も同じような感じだと思います。天草はたまたま公文書館があり、被災の経験があり、専門家の方が助言下さったから意識することができたに過ぎません。まずは公文書の保全に対する意識高揚を促すところから入らなければならないと思います。
 
 
※2 天草アーカイブズの河浦書庫
天草アーカイブズ河浦書庫は平成18年の水害後に取り壊された。 
 
※3 天草史料調査会
天草の近世史料の調査、目録作成などを行う研究員や大学院生による団体。 平成9年に発足。毎年夏に天草に集まり活動を行っている。 天草アーカイブズ発足のきっかけにもなった。詳細はPASSIONVol.36参照。PASSION Vol.36 「天草市立天草アーカイブズ / 視座を高く、後世に恥じない仕事を」 (→https://www.kongo-corp.co.jp/passion/archives/amakusaarchives.html) 
 
※4 国文学研究資料館が主体で行った行政文書レスキュー活動
国文学研究資料館主体のレスキューの詳細はPASSIONVol.33参照。PASSION Vol.33 「国文学研究資料館 / 東日本大震災における津波被害の歴史文化情報資源のレスキュー 」(→ https://www.kongo-corp.co.jp/passion/archives/kokubungaku.html
 
 
―熊本地震に関連した文書も、今後、保全の対象になるわけですよね。
 
 災害に関しては自治体全体で動くので防災担当部署の文書だけ残せばいいというわけではありません。消防、福祉、医療、学校はもちろん、交通や財政などあらゆる組織・部署が関係しあいながら動きます。従って、全体の文書、 情報を見渡さないと全容が見えてきませんし、重要なものを選別することもできません。災害の影響は、直接関係の ないように見える部署の日誌に残っていたりすることもあります。 公文書を適切に保全していくことは、被災した地域が再生し、復興していく際の重要な礎になります。今回は熊本が被災しましたが、今後、他の自治体が災害に見舞われてしまった場合、熊本の記録は県境を越えた活用を見込むことができます。熊本地震の記録が自らの地域だけでなく、他の地域のレジリエンスを高めることにも繋がるわけです。 災害はもちろんあってほしくはありません。しかし、今回の地震を公文書保全の意義を再認識し、浸透させるきっかけにしていくことができればと思います。 図書館やミュージアム施設も、地域の記録を将来に繋げていくという点では公文書館と同じところを見ている施設だと思います。天草市でも図書館や資料館との情報交換は行っていますが、いわゆるMLA連携を今後さらに強めていき、お互いを補完しあうような関係が構築できればと思います。これは、自治体の垣根を越えてでも、行う意義があるのではないでしょうか。
 
 ―本日は貴重なお話を聞かせていただきありがとうございました。
 
 

報告書の表紙

 

報告書の見開きページ
天草市立天草アーカイブズがとりまとめた「平成18年7月の豪雨災害における水損被害公文書対応報告書」 
 
 
(取材日:2016年8月25日)
取材・執筆:矢賀部 仁 金剛株式会社 社長室
※取材当時 

PASSION38表紙
この記事は「PASSION vol.38」に収録されています
 
 
 

 

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