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自分たちなりのIPMへ、はじめの一歩

柳川古文書館


interview

柳川古文書館内観
話し手:江島 香さん(柳川古文書館 学芸員・市史編さん担当)、白石 直樹さん(柳川古文書館 学芸員・市史編さん担当) ※所属・役職は取材当時のものです。
 

 
 

ーはじめに、柳川古文書館の概要をお伺いします。
 
 柳川古文書館は昭和60年10月に、九州歴史資料館の分館の1つとして開館して28年になります。施設名の通り、古文書を収集・整理・保管し、公開していくための施設ですが、近年では併せて伝世された道具類や甲冑、刀剣等も収蔵しています。現在当館は県の指定管理者制度導入に伴い平成17年度から柳川市が指定管理者となっており、県と市との予算で運営管理されています。
 当館の収蔵の多くは、筑後地方、主に旧柳河藩主の立花家をはじめ、その家臣の各家で伝世されてきた文書が中心となっています。また、国重要文化財指定の古文書群は福岡県内に7つありますが、そのうちの3つ※1は当館が収蔵しています。
 史料収集は70〜80年代に福岡県立図書館が実施主体となり、県内の古文書に関する緊急調査(所在確認)が行われましたが、当館はその後の追跡調査・整理の拠点としての役割を有しています。当時、各家庭に伝世されてきた古文書や道具類を個人保管することに不安を感じる、家の建て替えを行う、ご子息の生活拠点が都市部にあるなどの理由で古文書が廃棄され、散逸してしまいがちでしたので、当館への寄託・寄贈をお願いする形になりました。また自治体で保存されていた古文書についても、制度改変などの際に廃棄されてしまうことがあり、当館への一部移管もありました。
 現在、当館は個人の方から直接ご相談いただくこともありますし、教育委員会文化係を通じて情報提供がある場合もあります。
 また、そういった古文書の受け入れと整理・保存のほか、常設展・年2回の企画展・さげもんめぐりの期間※2の特別展示などの公開や、公開講座などの教育普及、目録と年報の年1回の発行などの役割も担っています。
 
※1 柳川古文書館収蔵の国指定重要文化財…「大友家文書」「鷹尾神社大宮司家文書」「立花家文書」
※2 さげもんめぐりの期間…雛祭りの期間のこと。 柳川においては雛祭りに雛人形だけでなく「さげもん」と呼ばれる吊るし飾りを飾る風習があり、地域をあげたイベント「さげもんめぐり」が開催される。
 
 
職員体制はいかがでしょうか。
 
 柳川古文書館には生涯学習課の係のうち、市史編さん係と古文書館とが同居しています。市史編さん係は平成5年より柳川市が独自で行っている市史編さん事業に携わっており、古文書館の学芸業務を兼務しています。当初柳川古文書館と市史編さん係は所管も異なりましたが、市史編さんと古文書館には業務に関連性があることから当初から職員は相互に兼務し、のちに教育委員会の所管となりました。現在柳川古文書館には館長、学芸員(副館長)、学芸嘱託、業務職員、事務職員が各1名、市史編さん係に学芸員2名、事務職員(嘱託)1名、学芸嘱託4名、計12名の職員がいます。
 
ー古文書の受け入れについてお聞きします。
 
 こちらから伺って史料の保管状況や概要などを確認し、必要であれば整理などを行って、当館への寄贈や寄託などをご提案する場合と、「こんなものが出てきた」と、持ち主から当館にご相談をいただいて受け入れる場合があります。前者については月に数回調査へ赴くこともあります。後者に関しては教育委員会など、当館以外の窓口にご相談されるケースもあります。
 筑後地方は戦災や人口流出が比較的少なかったため、昔からの『家』が受け継がれてきたという特色があります。そのため古文書も多く残っており、状態も良好なものが多くありました。
 それらの古文書の所在に関しては、福岡県の緊急古文書等調査の際に判明していたものもありますし、「あの家に古文書があるらしい」などと周囲の方から情報をいただくこともあります。また、市史編さん事業による別件の調査時に古文書も発見する場合があります。
 さらには市史編さん係が主催する講演などにおいて「古文書があればご相談下さい」という呼びかけをすることがあるのですが、それを聞いたことがきっかけでご相談を下さる方もいらっしゃいます。その意味で、古文書館と市史編さん係は相互補完の関係を築けていると思います。
 
ー受け入れた後の業務の流れについて教えて下さい。
 
 受け入れた後の古文書には、まず基本的に簡易的なクリーニングを施します。古文書を受け入れた場合は、仮置場にて自分たちで二酸化炭素による殺虫をします。そして古文書の内容を確認して目録を作成し、整理・保管、公開するという流れになります。目録作成においては古文書の名称、年月日、作成者、宛所、内容、備考、形態などの情報を整理します。その後、古文書を書庫へ移します。当館には書庫2室、特別書庫1室、収蔵庫の計4室があります。
 保管の際、古文書や道具に直接ラベルを貼るのではなく、識別ナンバーを書いた中性紙の封筒や箱に入れて保存します。ここからの出し入れは基本的に学芸員しかできません。
 
ー資料保存の取り組みについてお聞きします。
 
 既出ですが、古文書の受け入れ時は簡易クリーニングもしくは二酸化炭素による殺虫を行っています。さらに、カビなどがとりわけ危険な状態のものについては、本館である九州歴史資料館が行っている燻蒸の時期にあわせて持ち込み、一緒に燻蒸もしてもらうこともあります。頻度は多くはありませんが、これまで1、2回行いました。
 本館とはこういった燻蒸の他、人的交流や、所蔵品を借りてこちらで展示をするなどの交流があります。意味のある本館・分館体制を築けているのではと思います。
 また、資料保存のために、月に2回の書庫の清掃にも取り組んでいます。その日出勤している職員全員で、棚の掃除や床のモップ・掃除機掛けを行います。1回の実施時間は2時間を目安にしています。あまり長い時間をかけると1回1回の片付けが大変な労力になり、継続できませんので・・・。
 
ーそういったIPM活動を行うようになったきっかけと、現在の活動についてさらに詳しく聞かせてください。
 
 以前は年に1回全館燻蒸を外部委託で行っており、燻蒸終了後は、予算的に炭素吸着が難しかったため、窓を開けてガスを外に排出していました。この作業手法についてはいくつか疑問がありました。まずは住宅地に立地している施設として燻蒸薬剤の廃棄方法については予算の問題から留保していたこと、次に、せっかく燻蒸をしても強制排気とともに窓や扉を開けている間に外気や粉塵が入ってくることでした。業者の方からはこの方法が当り前といったお話も聞いていましたので、浮かんだ疑問をどう解決してよいか分からない状態が続いていました。さらにいえば、薬剤によって殺虫・殺卵はしていても殺菌はしていませんでしたし、その効果の判定も難しかったので、そこにも疑問は感じていました。
 平成14年度の東京文化財研究所の研修でIPMについて知りましたが、最初は「IPMのような活動は人手が多い館でないとできない」との認識でした。その後、平成22年度の九州国立博物館で開催された『ミュージアムIPM支援者育成研修会(基礎編・技術編・応用編)』に参加してみた際に、講師であった本田光子さんがおっしゃった「建物はどんなに良く作っても、どこかに必ず欠点が出てくる」との言葉に、当館の欠点=危機も知ろうとせず放置している自分自身の認識に対して、目から鱗が落ちる思いがしました。国立博物館でさえ欠点が出てくるものなのだから、国立博物館に比べれば小さな当館が人手や予算などが少ないのは当然です。そんな資源不足を理由にして「IPMなんてできない」と切り捨ててしまっていたのは、当館のリスクにしっかり向き合うことからの逃げであり、思考停止だったのだと気づき、意識が変わりました。
 研修から帰った時期がちょうど全館燻蒸の実施計画の時期だったので、実施の是非に関して非常に悩みましたが、館内協議で「今年はまず現状調査をやってみて、状態が悪ければ燻蒸を従来通り行おう」という結論に至りました。時間的に追い詰められたことも、最初の一歩を踏み出すきっかけになったことは事実です。
 その後、できることから取り組んでいこうと考え、先ほど話した職員全員での掃除や、トラップの設置と月1回の確認を開始しました。掃除については最初に手順書を細かく作成したのですが、すべて実施しようとすると非常に時間がかかってしまったので、当館で無理なく継続できるようなものへの見直しも行いました。また、職員の勤務シフト上なかなか全員が集まる機会がなく、IPMの話を全職員に話すことは難しかったため、『IPMニュース』を月に1度発行することで浸透を図りました。従来から収蔵庫内に毛髪式の温湿度計を配置し、除湿機にて庫内管理を行っていましたが、様々な活動の結果として、虫の死骸を発見した職員からの連絡は自然と集まって来るようになりました。皆で作業を行うことで、目的の共有もできたのではないかと思います。また、私の参加以降、他の職員も九州国立博物館の研修を受けています。
 
ーIPM活動の今後の課題は、何かありますか。
 
 効果の判定をどうするか、というところだと思います。害虫は目に見えますが、菌などは目に見えませんので(笑)。
 継続性をどうやって持たせるかというのも大きな課題ですね。それも、マニュアル通りに行うのではなく、改善の意識を常に持っておく必要があります。
 継続性にも、「効果が見えるかどうか」は関わってくるのではと思います。やはり効果があると分かれば続けられるのではないでしょうか。ダイエットに似ていますね(笑)。
 それに、現時点では燻蒸も止めていますが、建物も建設から約30年経って老朽化が進んでいますので、急激に保存環境が悪化するリスクも考えられます。そういった緊急事態への対処に関する判断・見極めもできるようになっておく必要があります。これも、年に1度の燻蒸をしていた頃には気づかなかった点だと思います。やはり「燻蒸さえしてしまえば安心」だと思って、思考停止してしまいがちでしたので。IPM活動についてはまだはじめの一歩を踏み出したばかりですが、今後も試行錯誤しながら当館なりのIPM活動の形に落とし込んでいきたいと思います。
 
ーでは最後に、館としての今後の展望を教えて下さい。
 
 やはり資料収集から保存・公開という一連の流れを、IPM活動なども手段の一つとして適切に取り入れながら、より良くしていきたいと考えています。
 本来、古文書のようなものは、それが作られてきた場所で保管されるほうが良いものでもありますが、それが個人宅などで難しいという場合のために当館がありますので、そういった際に頼ってもらえるような場をいっそう整備していきたいですね。
 
ー本日はありがとうございました。
取材・執筆:木本 拓郎 金剛株式会社 業務本部
      原田 亜美 金剛株式会社 社長室

      ※取材当時 

PHOTO GALLERY

すのこ板の上に置かれた資料
保存用品
温湿度記録計
緑の粘着マット
資料保存用品
中性紙保存箱
資料が整頓された棚
柳川古文書館の皆さん

柳川古文書館の皆さん

柳川古文書館
所在地:福岡県柳川市隅町71-2
開館時間:9:30〜16:30(入館は16:00まで)
休館日:毎週月曜日(月曜日が休日の場合はその翌日)、年末年始(12月28日〜1月4日)
入館料:無料

PASSION37表紙
この記事は「PASSION vol.35」に収録されています
 
 
 

 

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