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PASSION VOL.33 November.2011
震災への取り組み

17 公益財団法人 文化財虫害研究所

IPMから見た図書館資料の保存


寄 稿:三浦 定俊(公益財団法人文化財虫害研究所 理事長)

公益財団法人文化財虫菌害研究所,文化財虫害研究所


はじめに

 30年ほど前から、博物館資料に対する保存の考え方は大きく変わってきた。すなわち博物館資料を展示・保存する際に重要な空調、照明、空気汚染、防災、防犯などの要素を、それまでは個別に考えてきたのに対して、1980年代頃から preventive conservation と言う言葉でまとめるようになった*1。これは単に個別の要素を、新しい言葉でひとくくりにしたと言うことではない。それまで conservation (保存)というと、資料に被害が生じた後に、修復を中心にして対策をとることをもっぱら指していたのを、資料に被害が生じないように環境を総合的に整えて被害を予防する方向へと、資料保存の考え方が切り替わったことを示している。時期的には後になるが図書館資料の保存においても、90年代末に同じ方向へと変化した*2。

 日本では preventive conservation は直訳して「予防保存」あるいは「予防的保存」と訳されることが多いが、その内容は資料を安全に保存するため、空調、照明、空気汚染、防災、防犯など保存環境を整えることなので、私は「保存環境づくり」と呼んだ方が言葉の意味をよく表していると考えている。


博物館・図書館におけるIPM

 博物館資料の生物被害対策であるIPM(総合的有害生物管理)も、preventive conservation とほぼ同じ頃に欧米を中心に始められた。IPMと preventive conservation は直接に関連しているものではないが、背景にある考え方はよく似ている。どちらも全ての問題を一挙に解決する方法ではなく、科学的に最先端の手法を用いるものでもないが、地味で時間はかかっても「持続可能な」手法を用いるという点が共通している。

 IPMはもともと農業分野で、病害虫駆除のために殺虫剤に過度に依存していたことへの反省に立って生まれた。そのきっかけとなった本『沈黙の春』の中で、著者のレイチェル・カーソンはニレの木を枯らすオランダエルム病を伝搬するニレキクイムシの駆除について、次のように書いている*3。 “オランダエルム病防除の(殺虫剤の)スプレーは1954年(ミシガン州立)大学の構内からはじまった。…最初に小規模なスプレーがあった1954年は、べつに変わったこともなくすぎた。…でも、やがて何か狂っていることがわかりだした。大学の構内には、死んだコマツグミ、死にそうなコマツグミの姿が見られだしたのだ。…1957年6月の末、いつもならば少なくとも370羽の雛が見られるはずなのに、たった1羽雛鳥がいただけだった。“殺虫剤の散布によりこのような生態系の破壊が起きた一方、”(ニューヨーク州では)かがやかしい勝利がおさめられている。…なぜまたニューヨーク州では、このようにすばらしい成果があがったのだろうか。衛生環境を厳しく改善したり、病気にかかった材木があると、すぐにほかへ移したり、焼却してしまう—こういう方法にもっぱらたよってきたのである。もっとも、はじめのうちははかばかしくなかった。だが、それはすでに病気になった材木だけを取り除き、ニレキクイムシが卵を産みつけた木までは伐り倒さなかったからである。また、伐り倒しても、春がくる前に焼いてしまわないと効果はない。…ニューヨークの昆虫学者は、経験からそれ(病気伝搬の原因)が何であるかを学んだのだった。ほかは無視して、ひたすらこの危険な原因を取り除こうと努力している内に、すばらしい成果が得られたばかりではなく、衛生環境改善に使った費用も、適当な幅におさめることができた。”『沈黙の春』の中では、害虫を根絶しようとして強い殺虫剤を使うと、周辺の動植物や人間に悪影響を与えてしまうので、回り道のようではあっても害虫発生の原因を一つ一つていねいに取り除いていくことが、最も効果的で経済的な方法であるという、後のIPMにつながる著者の考えがくりかえし述べられている。

 農業分野におけるIPMは、1.複数の防除法を合理的に統合して使用し、2.すべての農業害虫をゼロにするのではなく被害の経済的な許容水準を設定して、3.その水準以下に害虫の個体群をシステム管理するという、3つの概念からできている。これに対して博物館におけるIPMは、害虫だけでなくカビに対する対策も視野に入れて、1.清掃や適切な温湿度管理等の環境対策と必要に応じた化学的防除処置など、複数の防除法を合理的に組み合わせ、2.収蔵庫・展示室など資料のある区画では、資料に加害する虫がいないことと、カビについては資料に目に見える被害が起きないことを目指して、3.施設や環境の管理を行うという、3つの概念から成り立っている。図書館におけるIPMも博物館と同じである。


図書館資料の生物被害と対策

 博物館資料が美術工芸品から民俗資料、動植物標本までと幅広い分野にわたり、その材料も紙、木、布、その他の有機物・無機物など様々で、いろいろな種類の虫による被害を想定しなければならないのに対して、図書館における虫の被害は、シミゴキブリ、シバンムシなどによる紙や装丁の食害、カツオブシムシによる羊皮紙などの食害、ゴキブリの糞による汚染などが代表的なものであるカビによる被害は本だけでなく書棚などにも見受けられる。ただし見つかる虫の種類が少ないと言っても、博物館に比べて図書館の生物被害対策が簡単というわけではない。

 施設内での虫発生の原因は、1.出入り口や窓など開口部を通した外部からの侵入、2.外部から持ち込まれる資料について侵入、3.施設内のゴミからの発生のいずれかであるまた外気が入るところは一般にカピの菌数が多い。さらに虫やカビが発生している場所は、湿気が高く空気がよどんでいたり、結露や雨漏り、漏水が起きていたりすることが多い。

 虫・カピの発生原因から図書館施設を考えてみると、博物館の収蔵庫や展示室は外に向かって開け放しであることはなく、収蔵庫も断熱性・調湿性の高い二重壁になっているのに対して、図書館は利用時間中、外気がそのまま入り、書庫もコンクリート壁だけで外気と接していることが多い。このため図書館は外から虫が侵入しやすく、外気温が下がる冬期には書庫の壁の断熱が悪いと、壁に結露が生じてカビや虫が生育しやすい環境となる。もし施設がそのような問題を抱えている場合には、発生した虫やカピを薬剤で一度処理しても、再び被害が発生する可能性は高い。そのため起きた被害を処置するだけでなく、将来にわたって被害が起きないように、資料がおかれている環境を整備する(保存環境づくり)ことがもっとも重要である。また被害が広がってから処置するのは、、時間も手間も経費もかさむので、被害を早期に発見して早期に処置できるような体制をつくることも、保存環境づくりとあわせて大切である。

文化財IPMコーディネータの育成


 博物館・図書館のIPMは、これまでの薬剤を用いた駆除のように、殺虫・殺菌剤の専門家だけで実施するのではない。学芸員、司書、施設・設備に係わる職員や作業者、それらの業務を支援するボランティア、生物被害防除業務に携わる企業の技術者など、多くの人がそれぞれの立場でIPMの目的に沿って仕事をすることによって、より良い保存環境がつくられる。そのためには、資料に加害する虫やカビの種類・生態を知り、資料の保存環境を把握して被害が生じないよう維持し、もし被害が生じた時には早期発見、早期処置するための知識と技能が必要とされる。さらに多くの人が係わるのでIPMを実践する組織についての知識も欠かせない。

 そのような知識と技能を持った人を育てるために、私の文化財虫害研究所では今年度「文化財IPMコーディネータ」の資格を創設した。この「文化財IPMコーディネータ」は上にあげたIPMに係わる分野についてすべての専門家であることを目指すものではなく、それらの概要と文化財IPM全体について正しい理解を持ち、必要な時には適切に各分野の専門家と相談しながら、文化財IPMを実施あるいは指導・助言して推進できる人を目指している。資格付与のための第1回講習会と試験を、今年12月15、16日に九州国立博物館で予定しているので、もし関心を持たれた方は、文化財虫害研究所のホームページ http://www.bunchuken.or.jp/ をご覧下さい。


【文献】
*1 三浦定俊・佐野千絵・木川りか『文化財保存環境学』(朝倉書店/2004)
*2 吉川也志保:図書館における紙資料の実物保存、カレントアウェアネス、no.298、pp.21-26(2008)
*3 レイチェル・カーソン(青樹築一訳)『沈黙の春』(新潮文庫/1974)pp.142-156


公益財団法人文化財虫菌害研究所
(旧名称:公益財団法人文化財虫害研究所)
所在地:東京都新宿区新宿2-1-8 エスケー新宿御苑ビル6階
TEL:03-3355-8355
URL:http://www.bunchuken.or.jp


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