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PASSION VOL.32 November.2010
魅せる展示の考え方

04 東京大学経済学部資料室 

東京大学経済学部資料室と資料保存


寄 稿:小島 浩之(東京大学大学院経済学研究科講師、経済学部資料室長代理)

東京大学経済学部資料室


 
 
 東京大学経済学図書館は図書館と資料室の二部門から成り立っている。このうち筆者の勤務する資料室は一般的な図書館とはやや趣を異にする。図書館には図書系事務職員が配されるのに対し、資料室には教員が配置され、調査・研究を業務に含む専門性の高い部門と位置づけられている。また、資料室が取り扱う資料は、貴重図書、準貴重図書、特別資料、博物資料などの特殊資料である。学術研究図吉や学術雑誌などの一般資料を取り扱う図書館とはこの点でも区分されている。貴重図書、準貴重図書は経済学関係の古典籍などが、特別資料には公私文書や旧文書室所蔵の古文書などが、博物資料には古貨幣・古札などがある。古典籍という点では図書館貴重書部門と言え、各種の公私文書を取り扱うという意味では文書館に近いものがある。また自前での展示設備は有していないが博物資料を保存し、他機関の求めに応じて出陳等を行っている点では博物館業務とも密接に関係している。こういった特殊資料を取り扱うことから、当室では資料保存に関する調査・研究を進め、保存マネジメントセンターとして経済学図書館全体に責任を負っている。このように資料室は設置根拠や組織から見れば大学図書館の一部であるが、取り扱う資料とその業務からは、図書館・文書館・博物館三者の機能を併せ持ち、所属のスタッフは教員として調査・研究も行うという希有な組織と言える。以下、これらの多種多様な資料室の活動から、公私文書の収集と資料保存についてその概略を述べる。
 
 
 公私文書と表現してきたが、筆者はこれらの特徴が、「国家」、「企業」、「労働」という三つのタームに集約されると考える。「国家」に属する資料としては、各種審議会の資料や公文書類などが、「企業」に属するものは、企業経営に関する意志決定資料や社史のための編纂資料などが、「労働」に属するものには、労働組合の内部資料や定期大会の記録などがある。つまり日本経済なかでも産業に関わる一次資料を、経営者(「企業」)、労働者(「労働」)、統制者(「国家」)の三方向から満遍なく収集してきたと言える。別の見方をすれば、企業経営に関わる資料を、経営側からだけでなく、労働者や統制の側からも収集してきたと言える。
 
 
 そもそも企業や産業に関する資料の収集は、既に法科大学時代から始まっていた。1913年には、図書室とは別に商業資料文庫が設置され、営業報告書などの企業経営資料の収集を始めたのである。以後、現在まで連綿と続く企業資料の収集の起源、換言すれば資料室の淵源はここに求められるだろう。その後、商業資料文庫は1939年に資料室に改組され、官庁、経済団体、企業等の刊行物を広く収集する組織となるが、終戦後の学部組織には見当たらないことから、戦中に消滅したものと思われる。戦後は1954年に経済学の実証的研究のための各種資料の収集および管理を目的として新制資料室が誕生する。この資料室は組織的には学部附属センターの一部門であったが、実質は図書館の一係として近年まで存在した。取り扱う資料も統計、白書、各種報告書が中心となり、貴重図書、準貴重図書、博物資料は管轄外、公私文書についても専門的に扱っているとは言い難かった。この間も企業等の貴重な一次資料の収集は続けられたが、多くはその当時在籍した教員個人の力に負う部分が大きく、図書館や資料室として体系だった収集・整理がなされてきたわけではなかった。このため経済学図書館において近年まで、特殊資料を扱う部門は明確に定まっておらず、排架に至っては一般書架に混在しているという状態であった。
 
 
 ところが、2000年前後から、山一謐券資料をはじめとする大部な文書資料の受入が続き、学内外でも企業アーカイブス構築の必要性が高まった。企業資料は、各企業の図書館や社史編纂室、もしくは業界団体の図書館などで保存され、一般の口に触れる機会は少ない。しかも、業界再編や企業の合併・吸収、倒産に際しては存在自体が危ぶまれる。バブル崩壊後の金融危機、平成不況は、企業資料にとって危機的な時代であり、企業アーカイブス構築の必要性が高まるのは当然の成り行きだったのである。公文書は、不十分ながらも保存の体制が整いつつあるが、企業資料は公的保存機関が無い上に保存が企業の浮沈と密接に関係する。結果、不安定な企業資料を最終的に保存できるのは以外にあり得ない。これが当資料室の存在意義の一つでもあると筆者は考える。
 
 
 こういった特殊資料を抱える上で最大の悩みは、どのように資料を保存し後世に伝えてゆくかということである。現時点で判明している最古の当室所蔵資料は、天文15年(1546)11月15日の「売渡申公事銭之事」、新しいものは2000年代のものとなる。つまり紙資料だけみても所蔵資料の年代差は約470年、これに地域差や記録方法の相違などを加味すれば資料の数だけ保存対処法があるといっても過言ではない。また多くを占める近現代の資料ほど酸性紙、インク焼け、退色といった深刻な問題を抱えている。マイクロフイルムやデジタルデータといった代替物の劣化も深刻な問題となっている昨今、資料の史的価値やモノとしての特性、そして所蔵機関としての明確な方針が無ければ、情報を保存して後世に伝えることはもはや不可能だろう。
 
 
 したがって、当室では資料の史的性格からはじまり物的特性に関するまでの基礎的な調告・研究に積極的に取り組むよう心がけている。資料保存で最も重要なのは意志決定すなわち判断力であって、この力を養うためには基礎的調査・研究は欠かせない。こういった考えに基づく成果が、既に公にされている蔵書やマイクロフイルムの状態調査報告書であり、各種資料の解題や紹介、当室スタッフの個人研究へと繋がっている。ただし、資料保存は医療と酷似する部分があり、臨床における根治療法、対処療法の使い分けも重要である。いくら基礎研究が重要だといっても、時間をかけて根治療法を研究するうちに、劣化や被害が拡大しては無意味である。この二者を状況に応じて使い分ける柔軟性が必要であり、判断結果(臨床結果)を積み上げる帰納的研究もまた重要視せねばならない。基礎調査・基礎研究を重視して的確な判断力を養いつつ、誤った原理主義の陥穽にはまることのないよう今後も努力を積み重ねてゆきたい。
 
 
 ところで、数年にわたる資料保存への取り組みの成果の一つが、新しい建築・設備として結実した。当室は平成21年に完成した学術交流棟(小島ホール)の3階、4階(一部)及び地下1階を使用している。この建物は本研究科における図書館整備を目的に小島鐐次郎氏からいただいた寄附により造られたものである。地下1階は温湿度管理の行き届いた集密書庫であり、一般書籍に換算して約6万5千冊が収納可能となっている。3階、4階部分には閲覧室や調査研究のためのスペース、2箇所の書庫が設けられている。
 
 
 これらの設備における最大の特徴は、資料の保存環境に特段の配慮がなされている点だろう。書庫には荷解室や保存処置室が併設され、局所換気扇や二酸化炭素を使用した殺虫装置、からには酸性紙を中和する脱酸処理設備などが配される。外部から搬大した資料は、ここで汚れやカビを落とし、殺虫・脱酸など必要に応じた処理をされてから書庫に移される。また、施設内の窓ガラスや蛍光灯の紫外線も最大限カットされ、床に埃のたまらないような工夫もなされている。これにより安定した環境での資料の長期保存が期待でき、必要最小限の保存処置は自前で施せることとなった。この新施設の完成を契機として、冒頭に述べたような組織・職務に改変されたのである。現在はまだ移転作業の余波に追われているが、今後、東京大学における資料保存の中核施設となるべく学内外の諸機関と協力体制を構築してゆきたい。
 
 
 さて、筆者が資料保存に関して執筆したり、講演したりする中でよく図書館の方から言われるのは「それは東大だから可能なのだ」「あなたは教員の立場だから可能なのだ」という言葉である。しかし恵まれた環境や立場は資料保存にとって必要条件にはなっても十分条件とはなり得ない。何を保存すべきかを組織の歴史や、蔵書構成、科学的調査から分析して考え、根気よく努力を積み重ねなければ、立場を与えられ環境が整っていたとしても無意味なのである。当室の取り組みが決して立場や環境に依存したものではないことを強調し、これから資料保存に取り組もうとする方や機関へのエールに代えたい。
 
 



東京大学経済学部資料室
所在地:東京都文京区本郷7-3-1
TEL:03-5841-0677
URL:http://www.lib.e.u-tokyo.ac.jp/


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