KONGO PASSION vol.35 2014.10
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 岐阜県美術館では、環境への配慮から、IPM(Integrated Pest Management : 総合的有害生物管理)を平成12年より導入し、人体に有害となる燻蒸剤に頼らない方法で作品の保存管理を行っています。防除方法としては、主に清掃業務・生物生息調査・温湿度管理・館内スタッフやボランティアスタッフ(岐阜県美術館サポーター)ヘの研修を、年間を通じて実施しています。虫害および虫の発生を確認した場合は、被害状況、虫の同定、発生原因および場所や時期を確認して、必要があれば追跡調査を実施し、対象物を速やかに隔離した上で処置方法を検討していきます。主な殺虫法として、低酸素濃度処理を実施してきました。また真菌調査および空気環境調査については、環境の変化等、必要に際し実施しています。IPMの考え方を美術館活動に導入してから十数年が経ちましたが、本当の意味で、作品の保管展示環境のみならず、その都度変化していく美術館活動全体へ波及させたり、対応していける段階となるまでには、今日に至る時間が必要だったのかもしれないと、新たに保存担当として採用されたスタッフとともに、日々直面する新たな状況と向き合いながら思っています。ここに至った経緯を、記しておきます。  岐阜県美術館は、平成元年に、収蔵庫内で臭化メチル・酸化エチレン製剤(商品名:エキボン)によるガス燻蒸を実施しました。以後は、薬剤を多量に使用する点や残留ガス濃度についての問題から、施設のガス燻蒸は行っていません。新たに収蔵する作品等、処置が必要と判断した場合は、ガス燻蒸装置を備えた移動燻蒸車を用いて、その都度対処してきました。  平成10年10月発行の岐阜県美術館後援会会報『あゆ』第21号に、「美術館と環境問題(学芸員・青山訓子)」が掲載され、美術館における環境問題および人体に配慮した作品保存のあり方を模索するようになっていきました。  平成11年5月、所蔵品展示室内の1部屋を、防虫を目的とした処理を行う必要があり、エキボンの代替品として忌避処理剤であるピレスロイド(シフェノトリン)炭酸製剤(商品名:ブンガノン)を、密閉空間にして使用しました。作品は撤去して展示施設を対象としたものでしたが、噴霧した薬剤が付着・残留する処置だったため、ガラスケース内や展示台等に薬剤が付着してしまい、完全に拭き取れない状況に陥ってしまいました。この出来事をきっかけに、美術館の機能および役割を損なわない、環境に配慮した人体にも作品にも安全な対処方法はないものかと真剣に考えるようになりました。十分な時間をかけた情報収集や技術的な領域にまで踏み込んだ調査研究に取り組みはじめました。生物生息調査を含め、当館としての総合的有害生物管理方法を館全体で検討するきっかけとなった出来事でした。  また同年7月、空気環境調査(DDVPによる館内汚染調査)を実施しています。平成7年から平成11年まで、収蔵庫および収蔵庫前室と所蔵品展示室の一部に、蒸散性防虫剤であるDDVP(ジクロルボス)蒸散製剤を成分とする市販品(プレート状)を設置していましたが、設置場所で作業をする館のスタッフから、体調不良の報告が多かったことや、来館者(鑑賞者)から設置に関する危険性を指摘されたこともあって、全て撤去し、残留濃度の調査を目的として実施しました。調査結果を受けて、以後、館内での使用を中止することにしました。  岐阜県美術館のIPMに基づく管理方法は、できるところから実施していく方針をとってきました。まずは定期的な生物生息調査(飛翔虫および徘徊虫)からはじめました。また真菌調査(浮遊菌調査を含む)および空気環境調査(ギ酸・ホルマリン・酢酸・アンモニア・臭化メチル・DDVP)を実施しています。かなり大がかりな調査で、館内全域及び館外に定点観測位置を決めて調査するというものでした。まずは判断の基準となる年間を通じての基礎データを必要としていたからです。  同年、文化財加害生物の生息を確認した場合の隔離方法ならびにその後の対応について環境整備し、薬剤に頼らない殺虫方法として、窒素置換による低酸素濃度処理を、館内で実施しました。処理後、岐阜県公衆衛生検査センターにおける試供虫の甦生よびふ化の検査成績書により、効果が認められたことを確認しています。  以後、文化財加害生物の生息を確認した作品を隔離した場合、低酸素濃度処理で対応しています。処理には、対象作品が小さく、また数が少ない場合は、水分中立型脱酸素剤を用いています。対象作品が大きく、また数が多い場合は、当館設置の文化財低酸素濃度自動処理機械と専用テント(ガスバリアフィルム3層構造W1800×D2000×H2500mm)を使用した窒素置換による処置を基本としています。 26

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